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  シカゴの輝いている人
 VOL.1

  坂場 三男(さかば みつお)総領事
  在シカゴ日本国総領事館 

 

シカゴで活躍されている方々にインタビューをし、その人の活躍の場、内容、素顔を通してよりシカゴを知っていこうと企画された“Brilliant People” 輝いている人! 
記念すべき第一回目に登場いただくのは在シカゴ日本国総領事館の坂場 三男総領事です。
坂場総領事にとって今年は2002年8月23日にシカゴに着任されて丁度1年。外交官になられて30年、そして日米交流が始まって150年という記念すべき年です。

−経歴−
1973年 横浜市立大学卒業
1973年 外務省 入省
       フランスに2年間の留学の後、フランス、ベルギー、インド、エジプトなど各大使館を歴任
2000年 大臣官房総括審議官
2002年 在シカゴ日本国総領事館 総領事として8月23日にシカゴに着任

総領事になったきっかけは何ですか?

私は外交官としては少し変わった経歴なんです。1973年に外務省に入省したのですが、同期は東大法学部が多い中で私は横浜市立大学で西洋の歴史を学んでいたんです。子供の頃から本を読むのが好きで特に歴史の勉強が好きでした。大学で19世紀の外交史、メッテルニッヒやビスマルクといった政治家の勉強をしているうちに、外交は実際自分でやってみないと分からないと思い、外務省に入ったのです。そこでフランス語の勉強をしてこいという事でフランスに2年間留学をしました。その後フランス・ベルギー・インド・エジプトなど各大使館で勤務しているうちに外交は日米関係が基軸にあると感じるようになり、いつかはアメリカで働いてみたいと思っていました。しかし希望どおりになれたのは全くの偶然です。

シカゴに来られる前はどちらにいらしたのですか?


東京で大臣官房総括審議官の職にいました。この仕事は外交問題に関しての国会での説明や二国間条約を批准(国会で承認する)する事など政治家や国会との関わりの大きな仕事です。先程シカゴに来たのは全くの偶然と申し上げたのは前シカゴ総領事の藪中総領事もその前任の阿部総領事も三代続いて大臣官房総括審議官からシカゴ総領事になっているという事なんです。丁度私がこの職についている時は田中真紀子外務大臣の時代で外務省の不祥事などが世間の話題となり特に神経を使う仕事でした。その前は前述の通り各大使館におりました。

大使館の仕事と領事館の仕事は何が違うのですか?

簡単に申し上げますと大使館の仕事は政府対政府、領事館の仕事は政府を相手にしないので政治的なプレッシャーは大使館程感じません。私は領事館での仕事ははじめてなのですが、この1年を通して人間関係が自分の努力で築きやすいと感じます。日本の事をもっと良く知ってもらい各地域と日本との関係を良くしていかないと日米関係はうまくいきません。人と人、地域を繋ぐ事でより良い日米関係を築いていければと思っています。

領事館の仕事についてお聞かせ願えますか?

一般の方々に直接関連する業務としてはパスポートやビザの発給や出生届けなどがありますが、あまり分かられていない事で重要な仕事としては日本人が事件や事故に巻き込まれた時に日本人の利益が不当に害されないように対応するという役割があります。これは旅行者も含めて邦人保護を日本政府として手助けをする事ですので、その時は領事館が政府機関として対応します。例えばある人が事故で亡くなった場合、それが本当に事故だったのか、事件の可能性はないのか等事実関係を把握して遺族の方との連絡をとり対応していきます。また、もう一つの重要な役割として経済関係を側面から支援し、日本経済の活性化を促すという事もあります。具体的には日本への観光客を増やしたり、投資を増やすために日米の経済交流を手助けしたり、制度を緩和するよう働きかけたりといった事をします。

今までの外交官生活で印象に残る事は何ですか?

色々ありますが、やはり一番印象的なのは97年にエジプト大使館にいた時に起きたルクソール事件です。ご存知の通りこの事件はナイル川上流の観光地であるルクソールで起きたアラブのテロで外国人観光客49名が銃殺されるという許しがたい事件です。そのうち10名が日本人であり、4組8名は新婚旅行、もう1組は退職後の記念旅行だったのです。この悲惨な事件の遺族の方々にお会いして遺体の身元を確認していただくなど、とても言葉では言い表せない悲痛な思いがあります。また、85年に赴任していたインドでは息子達や家内、最後には自分自身も病気になってしまった事もありますが、同じアジアにありながら全く違った価値観を持ち、貧しい生活を強いられながらも逞しく生きる人間の凄まじさ等を痛感し印象深い思い出です。この2つは特に自分自身の人生観が変わるような印象的な経験です。

非常にストレスフルなお仕事ですが何か解消法はありますか?


歴史が好きなので歴史的なものを勉強したり、本を読んだりする事でストレス発散をしています。若い頃はテニスや野球などスポーツも楽しみましたが、今はゴルフを楽しむ程度です。

日米150年祭に関してお話をお聞かせください。

今年はペリー提督が浦賀に来航してから丁度150年目にあたります。赴任当初はあまり意識していなかったのですが、ワシントンの日本大使館の方からご連絡を頂き150年を記念して何かイベントをやらないかとの提案を受けました。このお話をいただきましてから9月に中西部10州と日本の経済界のトップが集会する日米中西部会の35回目の大会があるので是非9月には何か文化的なイベントを開催したいと考えました。また総領事館では色々なイベントを開催しているのですが、実はあまり知られていないという事があり、単発のイベントではなくもっと期間の長い、参加型のイベントにしたいと考えました。私自身個人的に芸術家の方々との親交が深い事もあり、経済的だけではなく文化的・歴史的にもアピールしていきたいとの思いから色々な方々に協力を仰ぎ、ボランティア参加をお願いしております。2つの原則と言いますか希望と致しましては150年の歴史的な背景をしっかりと認識する事と日本だけのイベントではなくアメリカ人にも祝ってほしい。年配の方も若い方も参加出来るものにしたいと考えております。詳しい内容は領事館のページやおでかけサイトの特集をご覧いただければと思いますが、9月5日(金)に歴史を振り返ると題して、シカゴ歴史協会にて講演、写真展、早稲田大学とシカゴ大学との1930年に行われた野球大会の記録映像の上映や9月6日(土)にボタニックガーデンで行われる野点(茶会)、盆栽、生け花とサンフランシスコから女性3名による源太鼓のパフォーマンスなどがあります。

最後にシカゴに着任されてからの1年を振り返ってご感想をお願いします。

昨年8月23日にシカゴに着任して丁度1年、まず感じたのはシカゴの冬は寒い。もう外出するのも億劫になる程です。こう言ってしまうと悪い印象のようにとらわれてしまうかもしれませんが、中西部の人達はとても良い人達です。親切で歓迎する気持ちが非常に強く、ギスギスした所がなく人間関係ではとても居心地の良い所です。シカゴの寒さがあるからこそ、この温かみがあるのかと感じます。私はシカゴに来られてお客様には必ずお連れする2つの場所があります。1つはアドラープラネタリウムから見るシカゴのスカイライン、特に夜景は素晴らしい。もう1つはエバンストンからウイネッカ、ウイルメット、レークフォーレストと続くシェリダンロードの住宅の面白さです。一つ一つの住宅がそれぞれ個性を持ち同じ建物がない、それでいてうまく調和している。シカゴの伝統は建築にあるのかと実感致します。在任期間は自分では決められませんが、シカゴをとても気に入っていますから出来るだけ長くいたいと思っています。

本日はご多忙の中、貴重なお話を聞かせて頂きまして有難うございました。
 
インタビュー後記
総領事という硬い肩書きの持つ印象とは違ってとても気さくで人間味があり魅力的な坂場総領事。歴史が好きで何事もやってみないと気がすまない活発な少年が、大人になって益々活動的にご活躍されているといったエネルギーを感じます。特に外交官として滞在されたエジプトやインドのお話は印象的でした。150年祭を目前に控えたご多忙な時期にインタビューにお応えいただき大変感謝しております。有難うございました。

関連リンク
在シカゴ日本国総領事館               http://www.chicago.us.emb-japan.go.jp/indexjp.html
在シカゴ日本国総領事館 広報文化センター   http://www.chicago.us.emb-japan.go.jp/jicjp.html

シカゴの輝いている人 VOL.2

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