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Statue of Liberty(自由の女神) アメリカ雑学

ニューヨーク・ハーバーの中央に位置する島(リバティ島)に立っている「自由の女神」は1886年 アメリカ合衆国の独立100周年を記念してフランスから贈られました。今やアメリカのシンボルとしてだけではなく、自由と民主主義の世界的なシンボルとなっています。と「自由の女神」については誰もがこれくらいの知識は持っていますよね。でも結構知らない事もいっぱい! 今回のアメリカ雑学では「自由の女神」を紹介します。

まず「自由の女神」は英語では「Statue of Liberty」ですから、本来は「自由の像」ですよね。何で「自由の女神」になったかと言うと、明治19年に郵便報知新聞が像の完成を伝えた時に女神と訳したのが始まり。

そして「自由の女神はニューヨークにある」と言われていますが、自由の女神(リバティ島)はニューヨーク州とニュージャージー州間の海の上にあり、マンハッタン島から東がニューヨーク州とされるので、海の上位置するということは本来であれば自由の女神はニュージャージー州にあるという事になります。でも自由の女神の住所はリバティ島とされ、Liberty Island, New York, New York となっています。

ここで基本的なデータ&基礎知識のおさらい!

「自由の女神」は1886年 アメリカ合衆国の独立100周年を記念してフランスから友好の証として贈られました。高さ48.05メートル、重さ225トン。右手にはタイマツ、左手には独立宣言書を持っており、ローマ数字で「1776年7月4日」(アメリカ独立宣言の日)と書かれています。左足は一歩踏み出され「鎖」を踏みちぎっています。良く見ると力を入れる為に体をよじっている事が分かります。王冠には7つのとげがあり、「世界に自由が広まる」という意味を込めて世界の海と大陸を表しています。

像のモデルは製作者であるフランス人バルトルディ(Frederic-Auguste Bartholdi)の母が顔、妻が手とされています。製作にはエッフェル塔で知られるエッフェルも関わっています。1884年にフランスで完成されましたが、分解され軍用輸送船でアメリカに運ばれ2年の歳月を掛けて完成され、10月28日に除幕式が行われています。

像は銅製ですが、内部は鉄柱による骨組みで支えられています。像の中は螺旋階段になっていて冠部分には30名程が入れる展望台になっています。しかし現在はアメリカ同時多発テロの影響もあり観光客が上がることのできるのは台座頂上部の展望台までとなっています。

台座部分はアメリカ国民の献金によりアメリカのR.M.ハント(Richard Morris Hunt)によって設計されました。また、移民の歴史博物館にもなっており、エマ・ラザラス(Emma Lazarus) の「新大国(The New Colossus)という14行の詩が刻まれています。

ちょっとおまけの雑学

★自由の女神は実は灯台だった !? アメリカの公式灯台リスト381番に登録されていましたが、光が弱かった事が理由で現在は灯台リストから外されています。
★自由の女神は世界遺産 !?  1984年に世界遺産(文化遺産)に登録されています。


「自由の女神」を観にいこう!!
マンハッタン南端のバッテリーパークから毎日午前9時から午後3時半まで出航しているフェリー(Statue of Liberty / Ellis Island Ferry)が便利です。バッテリーパークは地下鉄をサウスフリーで降りれば海岸線に沿った公園があるのですぐ分かります。海を左に見て右手がチケット売り場、左手が乗船場です。フェリー乗り場は、季節や時間によってはかなり混雑しますから、早めに行くのが無難です。

料金は、大人7ドル、小人3ドルです。リバティ島から眺めるマンハッタンの景色も素敵です。リバティ島へ女神像を見に行ったついでにエリス島へ寄って移民博物館を見学する事をお薦めします。1892年〜1954年までの間入国前の移民の手続きと身体検査がエリス島で行われました。

自由の女神像のあるリバティ島へは15分程で到着しますが、リバティ島とエリス島の観光などを考えると往復で最低2〜3時間程のスケジュールを考えられると良いでしょう。フェリーから自由の女神像を撮影するなら行きだけがチャンス。帰りは別のルートを通るので撮影出来ません。

ちょっとおまけの雑学2 
パリの自由の女神像
セーヌ川のグルネル橋のたもとに立つパリの自由の女神像はエッフェル塔をバックに立っています。アメリカのものより随分小さめの高さ11.5メートル、重さ14トン。フランスがアメリカに自由の女神像を贈ったことへの返礼として、1889年にパリに住むアメリカ人達により自由の女神像の一部を削ってパリに小さな自由の女神をフランス革命100周年を記念して贈ったとされています。

しかしアメリカの自由の女神の設計者と同じバルトルディによるもので、アメリカの自由の女神の試作品とも言われています。
パリの自由の女神像の左腕に抱えられた独立宣言書には、バスティーユ牢獄襲撃(フランス革命のきっかけとなった事件)が起こった1789年7月14日の日付が刻まれていて歴史的な背景が刻印されています。

東京の自由の女神像
1998年4月29日から1999年5月9日までの約1年間日本におけるフランス年事業の一環としてパリの自由の女神像が東京のお台場に展示されました。
その後、この事業がなかなか好評だった事もありフランスからレプリカの作成が認められブロンズ製のレプリカが複製されました。
2000年にお台場駅近くの海沿いに東京タワーやレインボーブリッジをバックにして自由の女神像は設置されました。





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