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山元さんは入社以来 一環して外資系企業にいらっしゃいますが、最初から外資系企業で働こうと思ったのですか
小学生の頃 科学と学習という学習雑誌が大好きで、自分で遊び道具を創るような子供でした。
周りからは医者になれとか言われた時期もありましたが、医者として人を救える自信がありませんでした。高校の時それだったら機械の医者になればいいと思い、自分の力で人間みたいなものを創りたいと思ったんです。
そこで選んだのが IBM です。私は外資系で働きたいとという希望で IBM を選んだのではなく、その業界で世界一の会社に入りたかったのです。
IBM に入れそうな大学を探しました。
文部科学省が何年間もかかって1つだけ認めたシステム工学というカタカナの学科が神戸大学にあったので そこに入学しました。
入ったら入ったで僕はがり勉タイプじゃなくサーフィンばかりやっていていつも真っ黒
国立大の理系の割には風変わりな学生に写ったようです(笑)
それでも 40 人入って 20 人くらいしか卒業出来ない難しい大学でしたが、すんなり卒業できたものですから、わざわざ先生に呼ばれてお前は変わってると言われました(笑)
スティーブ・
ジョブズは機械と人間の接点をどんどん縮めて人間らしいものを創ろうとしましたが、僕が求めたものはそれと似ているようで、ちょっと違う。ロボットでもないんですよね。
コンピュータで帰納的にマッチングする限界みたいなものを感じましたし、結局最後はそうなのかもしれませんが、今でも夢は何かを創りだす、人間みたいなものを創りたいと思っています。
今お話しにありましたスティーブ・
ジョブズ氏はどんな人でしたか
ドラマがあったし彼から物凄く学びました。
タイガーウッズがピークの時に会いましたが凄いオーラのある人だと思いました。 3m くらいオーラがあるなぁ マイケルジョーダンに会った時は 10m くらいのオーラを感じ、スティーブに会った時は 15m くらい出てましたねぇ
アップルに入社した動機はジョブス氏の影響が強いのですか
当時のアップルの株価は $10 潰れるといわれた会社に入ったわけです(笑)
動機は単純でした。オラクルの創業者でもあるラリー・エルソン( Lawrence Joseph Ellison ) と仕事ができ、次はスティーブとも仕事ができたら素晴らしいと思いました。天才コレクションのような感じですかね(笑)
あのままオラクルにいると社長になれる可能性はありました。しかし僕はもともと外資系の販売会社が上場することに疑問をもっていました。株価を元に戻せる自信もないので、一部上場の社長をやるべきではないという気持ちもありました。
ある時ヘッドハンターに呼ばれ色々と紹介された帰りがけにアップルの話しになったのですが、その時は 9 割は上の空でしたね。初対面では僕は B to B だったので B to C はアマチュアだと言って帰っちゃったくらいですから(笑)
ただスティーブ・
ジョブズという天才にはとても魅力を感じました。
それでアメリカ出張の時に天才に会えるかもしれないというのでわざわざアップル社を訪ね そこでスティーブに初めて会いました。それが縁ですね。ですから僕はアメリカの採用で日本でのタイトルは社長ですが、正式には米国アップル セールス担当バイスプレジデント です。
1 回きりの自分の人生なので我侭を言わせてもらいましたが、アップルに決まりオラクルを退社する時にリンゴの木を贈ってくれたのは嬉しかったです。
何故アップルを辞めたのですか
アップルに 5 年半いました。信頼関係を築くために毎日朝 6 時までには出社して色々な雑務を片付け、部下が来る 9 時には笑顔でいようと思っていました。ある程度のやりきった感はありましたし、相当な激務でしたから、これ以上やっていても身体を壊す。
女房との約束もありました。当初より 50 歳で引退しようと思っていたんです。子供が産まれてずっと家を守ってくれています。子供のことも全部任せて、年間 40 回も出張があったりと殆ど家にいなかったですからね。
30 年くらい我武者羅に働いて 好きな事をずっとやらせてもらっていたので、 1 年ちょっとくらい女房孝行をしようと思い、毎週ゴルフとか映画や旅行に行きました。
50 歳の 9 月で会計年度が終わりなので、それを区切りと考えていました。アメリカでのミーティングに出かける時に部下にも何も言わず女房にだけ “ 有難う、仕事での出張はこれが最後になると思う ” と告げました。アップルを辞める時に “ 死ぬまでスティーブとアップルのファンだ ” とスティーブに伝えてくれと言い残しました。
日本に帰ってきてから段ボール箱に荷物を詰めて出て行く。まるでドラマのようです。その後次々に契約書が送られてきて これはやってはいけない これは駄目と。ですから辞めたあとの 2 年間は何も出来ない状態でしたが、自分の中ではハッピーエンドです。
現在の仕事内容について教えてください
新規ベンチャー経営や執筆、講演活動をしています。
メインの株式会社 myGengo では、 “Go Global” をテーマに日本人の海外での成功を支援したいと考えています。日本人の弱点である言語の壁を取り外してあげようと思っています。Google と同じ様な使い勝手の人力翻訳です。15カ国語をサポートできます 。
いま流行の CLOUD の方じゃなく 不特定多数の人に業務を委託するという新しい雇用形態である CROWD ソーシングの方ですね。昔は翻訳者だったけど、今は子育てで忙しい そんな人にバイト感覚で翻訳をやってもらう。オラクル時代の部下達で IT はいけるし、アップル時代に色々なデザイナーともコンタクトがある 雇うというのではなく、フリーランスを繋げてあげる。
価格破壊も結構相当なものでして、私が 15 年程前に何億円も使ってアメリカのパッケージを日本で販売したときの翻訳料を考えると比較にならないくらい安い(笑)
それだけではなくて海外のブログをちょっと読んでみたいとか、日本の方ですと海外で仕事がしたいので粋な文章を社長さんに打ちたい そんな時困りますよね。
そんな単位で翻訳してくれる会社がないのが実情。
それを気軽にインターネットで受けてくれるというのを 3 年くらい前から準備、 2009 年から始めた会社なんです。私は就任後4ヶ月になるのですが 8 月の売上は去年 1 年間の売上を抜きました。
アップルを退社後 休養期間を経て復活ですね
こんなに働いた事はないと思うくらい働いています(笑) 社長気取りではなく自らアポイントを取って営業に出かけています。今日本の企業で面白い案件が続々と飛び出してきています。ロシア語に翻訳するだとか、ブラジルで日本語の機器を販売したいというものにポルトガル語とかスペイン語に翻訳するだけではなくパッケージのデザインも含めてサービスを提供する。
7 0 カ国の翻訳者にアンケートで聞く事が出来るので色々なアイディアが出てきます。フォントとか色とか聞いてデザインごとやりなおしてさしあげるなど、ただの翻訳だけではなく付加価値を付けたサービスを提供出来ます。
それだけではなく日本の大手企業の人材採用で外国の方を採用するとか募集の中身を外国にするとか。逆に外国人の方のレジュメを日本語にするとか こんなにも用途があるんだなぁと感じています。言語が英語だけではないのでスペイン語、中国語、韓国語をベーシックに 15 ヶ国語対応します。
いま相談を良く受けるのが中国はもちろんのこと、今後の発展が多いに期待できるベトナム、タイ、インドネシアそちらにも足を伸ばしたい。そんな事を考えていると日本人のいろいろな狭い視野を広げてあげられるし、簡単に安く本物の翻訳が出来る。漫画ですとか絵本など次々と話しがきます。日本では今マーケットがシュリンクしてるので、ベンチャー企業にとっても会社立ち上げのきっかけとしてもいける。これは面白いと感じています。
外資系で働き気がついたことは何ですか?
日本人はプロ意識がなさ過ぎる。日本人にプロの話をするとそれは特殊技能のあるイチロウのような人でしょと言う。 1 円でも貰ったらそれはプロなんですよ。居酒屋でビールを運んだ そして賃金をもらう。これもプロです。
いま一番難しいと思っている事は日本が素晴らしいと教える事。私がやっている一番の原点は日本っていいって事です。世界で仕事をする機会が多くなればなるほど、日本の素晴らしさを感じるようになると思います。こんな素晴らしい国で生まれ、その素晴らしさを継承していく責任があると考えるようになりました。
しかし今の日本は長所も失っていますよね 真似ばっかりしているし、メディアもアメリカの報道しかしない。日本に来て成功した外国の人を心より祝える国でしょうか アメリカの人口が 2 倍だったのが気がついたら 3 倍になっていて購買力が 10 倍になっている。知らぬ間に世界は物凄いスピードで変化しているんです。
著書にもありますが、外資系で活躍出来る人 やっていける人はどんな人ですか
ジェネラルに書くとこの本のような事になるのですが、いくつか挙げれば とにかくいろいろなことに挑戦したい、どんどん新しい事を学んだり次のアクションに移るまでの動作にスピードがある、コミュニケーション能力が高い、チャーミングさを感じる、若くして、日本企業のシニアな方々とお会いできることに物怖じしないなど 多くの事は日本企業でも共通する事です。
外資っていうのは海外の誰かが創ったものを紹介して、日本人を幸せにするわけですから伝道士としてオーラ 雰囲気 知識 カリスマ性をもっている人の方が良いと思います。 24 時間動いている時計の中で生きているので、とんでもない変化が起こっています。受身系で被害者意識のある人はあっていないと思います。
日本人を幸せにしようとするメンタリーを持っている人が成功する。海外から入ってきたものはカスタマイズ、ローカライズしなくてはならない。それが外人に言われたからと言ってやっている人と日本人を幸せにしよう、自分の担当したものを世界一にしようという気持ちがあるなしで、とんでもなく差が出ると思います。
海外の人達と働き日本人に対してなにか感じることはありますか
会議で発言しない 会議が終わってから議長のところに寄ってくる。世界で一番優秀な人が集まっている会議で話さないでメールで送っている。 発言もしないのに、会議に出席しているのは奇妙。これは世界では反則なことなんですよ。
世界では会議に出ることが目的ではなくて自分達がやりやすくなるような結論を導きだす事、 何かの重要決定、もしくは機密レベルの高い情報共有をすることです。
日本人のように偉くなったら偉くなったでコーヒーを持って 5 分遅れて座っているだけ。会議が目的になってしまっているんです。 電車でも会議でも寝ますが、こんなことはもっての外です。
若い子も普段はしゃべるのに上司が来たら一言もしゃべらない。普段から部門でコンセンサスのとれていない事を話しているのか、それとも上司に恥をかかせないため遠慮しているのか、ただ上司が怖いのか?
日本の偉い人は部下を何人も引き連れて民族大移動のように アメリカにも来ますが、それが格好悪いという事を知らない。海外では社長が一番働いている。一番知っていて一番応えられる人なんです。
理系、文系と区別すること事態も恥ずかしい。 アメリカに比べて 20 年遅れている。パソコンなど理系かどうか関係ない アメリカでは小学校 1 年生から皆やっている。文系だからパソコンが出来ないと胸を張っているような人がいたら、今後何も出来ない。世の中の物理現象が理解できなくて、不安にならないのだろうかと思います。
文系だから、営業でもという発想は危険。理系の人が俺は算数出来る代わりにしゃべるのが下手だなんて言っている時代じゃないんです。どんなに良いものを創ってもどうやって売るの? 人に訴える力がなかったら何も出来ない。
ただギリギリ間に合う。先輩のお陰で日本のブランドはまだ生きています。
成功の秘訣とは
集中力の深さ ここ一番にどれだけ集中出来るかだと思うんですよね。アメリカ人を見ていて分かったのですが、彼らはとんでもなく瞬間的な深い集中力がある。
2 番目は人間が好きかどうか スティーブも 1 人ではやっていけたわけじゃない。皆が彼を助けようと思った。周りを惹きつけるオーラを持っている事。
それと変化を楽しめるかどうか 変化してるんですから、
日本人は世界で最も変化を嫌って、偉くなった人ほど変化を先取りしない。皆にも話しているんですが、携帯電話だって 20 年でこんなに変わってしまった。皆さんが今 20 歳 20 年後 40 歳になった時にはこれはもうないんですよ。 20 年後にはもしかしたら物体がないかもしれないんですよ。その変化を先取りした人が勝者になっていくんでしょう。既得権にしがみついていてはいけない。
日本の若者の成功支援もやられていらっしゃいますが
“ 自分がどうなりたいか ” まず若者にこういっています。自分を持たないと成功とか失敗とかいう基準もない。皆さん優秀だから何かのリーダーにはなると思いますよ。
リーダーも2つのタイプがあります。ジョブズやユニクロの柳井さんのうように創業して何かを起こして 何十億、何百億というお金が欲しいのならそいうったリーダーになればいいでしょう。 ただ世の中の 9 割以上は誰かの作ったものを守るとか 誰かの創ったものを発展させる 部門長のリーダーなのです。
私も所詮 2 番目のリーダーです。私が創業したわけでもないし、もの凄い勢いで変わっていくものを上手く捕らえる成功者もいるのだろうけど、同様に大事なことは人間にとって変わらない価値もあるという事を知っていることなんです
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今後の日本の成長のために何かされていることはありますか
山元塾というものをやっています。ビジネスで成功を収めたい、世界に羽ばたきたいという社会人・学生を支援するコミュニティです。塾生の皆様には、過去に働いていて優秀だと思う人を講師として呼んで話しをしてもらう不定期開催のセミナーや懇談会などを通じて私や講師の方々のビジネス体験をもとに成功するためのヒントとなるようなアドバイスを実施しています。そんなお節介な事をやっています(笑)
日本人はプロモーションが下手 全てにおいて教育を考えないと駄目ですね。起業を応援する。 小さい時から、他人と同じが良いという教育をそろそろ変える時が来ていると思います。物まねから始め、改善を加えるパターンだけでは、限界があります。日本国内だけではなく、 70 億人を相手にしたマーケットで、変化を先取りし変化そのものを生み出して行く様な人間や価値観そのものを育てる事が必要。その為には子供の頃から Discussion の場を創ってあげること、そしてやはりコミュニケーションツールとして英語も必要ですね。
ご苦労も多いと思いますが、どのようにして乗り越えられたのですか
僕はそんな苦労をしていない、嫌なことを殆どしていないですからねぇ(笑) 若い子には悪い夢を見たと思って忘れること ポジティブシンキングが大事だと言っています。自分にとって良くないと思っている事は見方を変えればチャンス 被害者意識にならない習慣 必ず変わると信じています。
本日はご多忙の中、貴重なお話を聞かせて頂きまして有難うございました。
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