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アメリカで輝いている人 VOL.96

望月 保彦 さん( Mr. Yasuhiko Mochizuki )
日本車輌USA 相談役
 
アメリカで活躍されている方々にインタビューをし、その人の活躍の場、内容、素顔を通じ
よりアメリカを知っていこうと企画された “Brilliant People” 輝いている人!

第96回目に登場いただくのは
日本車輌USA 相談役の 望月 保彦
さん です。

望月さんは 日本車輌USAの副社長として当時本社のあったニューヨークに駐在。その後シカゴに本社を移し2002年より社長としてシカゴ駐在 日本の車輌技術を世界に広め シカゴの METRA から5 億 6,000 万ドルの大型契約を締結 2012年にはイリノイ州に車輌生産工場を設立 日本の技術を駆使したアメリカ製の車輌生産が始まります。

−経歴−

1943 年 静岡県出身
1961 年 愛知県立旭丘高校卒業
1967 年 東京外国語大学卒業
1967 年 日本車輌株式会社 入社
1987 年 海外事業部 欧米課 マネージャー
1988 年 日本車輌 USA  副社長
2002 年 日本車輌 USA  社長
2010 年 日本車輌 USA  相談役


車社会のアメリカでは鉄道に対する考え方に日本との違いはありますか

アメリカの主要な大都会には鉄道がありますが、日本やヨーロッパに比べると何かが欠けているような気がします。例えば鉄道の駅に行くまでにバスや何かに乗って行きますが、それが WORK していない。だからお客様は利用しにくいという事になります。

ニューヨークなどは車がなくても生活や仕事が出来るシステムが出来上がっていますが、シカゴにしても他の都市にしても鉄道とバスだけではやりきれないところがありますね。  
ですからやはり車の方が便利という事になってしまう。

また際立って違うのがアメリカには駅ビルがない。日本は駅そのものが生活空間になっていますが、こちらにはそれがない。鉄道に乗るだけだからそれで良いと思っているのかもしれませんが、少し勿体無い気がしますね

確かに日本とアメリカの鉄道、駅というもののとらえ方が全く違いますね

JR 東海や東日本は 2〜3 割くらいは鉄道以外の収益なんです。ショッピングセンターやホテル テナントなどの売り上げです。

アメリカは市、州など官がやっているのでフレキシビリティの限界があるのかもしれませんが、あれだけ鉄道先進国だったアメリカも自動車の出現により全く進歩していないのは残念です。アメリカの鉄道の発展は 50 年前に止まってしまったようです。

ここにきて新幹線の導入など見直されているような気がしますが

そうですね。 CO2 をはじめとする排ガス クリーンエアの問題、ガソリン依存度を下げよという動きもありますが、鉄道を A から B 地点への移動の手段とするだけではなく旅を楽しむ事を考えないと、この先の発展もないでしょう。

オヘア空港とシカゴのダウンタウンを結ぶブルーラインが走っていますが、各駅停車で時間がかかる、乗り心地が悪い、楽しくない。観光客に優しい街ではないですね。オリンピックに落ちた理由の1つじゃないかとも言われています。

快適な輸送を念頭に置き、色々な角度から鉄道と他の交通をうまくリンクしていかないといけません。日本、ヨーロッパに行かれた方々にそういった考え方が出てきているので、それを活かしていけるよう協力していければと思っています。

ニューヨークもそうです。 3 年半ほど住んでいましたが、マンハッタンに入ってしまえば楽しいのですが、空港とマンハッタンへの移動は全く楽しくない。怖いタクシーにヒヤヒヤしながら乗らなくてはならなかったり、ホスピタリティの方向が少し違いますね。

話しが前後してしまいますが、日本車輌への入社動機は

商社マンだった父に対抗して、私はモノ創り、メーカーが良いなと思っていました。名古屋の出身なので名古屋の本社で重いもの、ヘビーインダストリーを探したら鉄道にあたった。今は重厚長大は時代遅れの感じがあって軽い方が発展していますが、当時の鉄道は蒸気機関車のイメージがあったので、自動車より自分のイメージにぴったりな感じがして入社しました。

いずれにしてもモノを創る事への憧れ 親への反発のような気持ちがあったかもしれません。結果として海外へ行き、親と同じようになってしまいましたが(笑)

東京外国語大学のご出身ですが、以前から海外志向はお持ちだったのですか

父が三井物産だったので、自然と海外への憧れがありました。小さい時から環境がそうさせたのかもしれません。

会社に入ってからはインドネシア、オーストラリアも担当しました。 1979 年からアメリカ担当となり、もう 30 数年になります。色々な世界の国に鉄道を輸出、合弁で鉄道を現地で作るというプロジェクトにも携わってきました。

アメリカという市場は鉄道に関して言えば国土も広いし、それ程積極的なところではないのですが、日本の半分くらいのマーケットがありますので、やはりアメリカなんですね。

ニューヨークとシカゴとでは生活、仕事はどちらがしやすいですか

New York is special ですよね。世界一の物があって、世界一の人がいる。という点では凄い街、素晴らしい街ですね。パリ、ロンドン、東京と並びスペシャルじゃないですかねぇ。

ニューヨークは 20 代、 30 代と若い時代は非常にダイナミックで皆さんフィットする街ですが、また逆に非常に疲れる街でもあります。私は 3 年半いましたが、夜は遅いし 50 代以降になると少し疲れますね(笑)

以前はニューヨークに本社があったのですが、時差の関係などもあり 2001 年にシカゴの事務所がオープンし今はシカゴで全米を見ています。

シカゴは良い街ですね。せかせかしていないし、人が大らかだし親切です。アメリカらしい雰囲気があります。

METRA の受注が話題になっていますね

私がここに来て以来 仕事の中心はメトラです。週に 1 度はメトラに顔を出します。年間 50 回くらいダウンタウンのメトラ本社に通っています。Eメール、コンピュータの時代であっても Face to Face でお客様の意向にどれだけ応えられるか常に考えて信頼されるよう努めています。 

今般非常に大きな仕事を頂いたのも日頃の成果かと思います。

カナダのボンバルディア社、ドイツのシーメンス社、フランス アルストム社 あるいは日本の川崎重工さんなど強力な車輌メーカーがいる中であそこは手を出しても難しいと思って頂いて、有難い事に入札では  Single bit と言って応札社が 1 社しかない。 1 社しかないのでその入札が妥当かどうかを審査され癒着がないか、高く買わされていないか、税金の無駄遣いにならないと判断され決定となります。

5 億 6,000 万ドルの契約を頂きました。これを機会にイリノイ州に車輌の生産工場を創るという決断をしました。来年の 6 月から操業開始となります。イリノイ製の車輌が米国の他の都市 カナダのトロントへ輸出されます。米国雇用の拡大と外貨確保とオバマ政権の方針、政策に沿った形で協力、貢献する事になります。

成功の秘訣は

1つは品質 次に納期と適正な価格 その3つが重要 私共のキャッチフレーズはは High quality car on time on budget 一環した考え方です。この考え方でずっとやらせて頂いておりますので、お客様は非常に安心出来る。

私共の特色としてリピートオーダーが多い。何回にも渡って追加注文を頂く 過去 30 年間で 970 車輌くらい出していますが、殆ど繰り返しの発注です。

当然公開入札なのですが、多くの競合他社は日本車輌がやってるのであればなかなか逆転する可能性が低いので辞めておこうとなるのです。だからと言って図に乗って強欲になり高い値段で応札をするのではなく 適正な価格で応札し仕事を頂いている。

お客様と我々は共になりたっている。 Win & Win の関係でいられるように努めています。それが長い目で見て良い仕事、良い関係になっていきます。

仕事の上で日米の違いはありますか

アメリカはその場限りの One shot deal が多いですが、私共は日本の会社らしく誠実にやっています。アメリカの会社、社会も日本的な義理人情 ハートがある。

私も稲盛さんの成和塾に入って勉強させて頂いておりますが、心の繋がり、真面目さ ひたむき、チームワーク その辺はかなり共通したものがあるように感じます。 稲盛さんの考え方をアメリカ人も考え始めている。自然な事の成り行きのような気がします。

盛和塾に入ったきっかけは何ですか

今野華都子社長のお話を聞いて心に響くものがあったのです。私が長く忘れていた感動、感激に共通したものがあるかなと もう遅いかなと思っていましたが、もう 1 度その考え方を勉強してみたいと思ったからです。

若い人が頑張り、感激、感謝の世界を理解し求めているのかなぁと思えて心強く、嬉しかったですね。 “ 今の若い方は ” “ 物質欲が強いとか、しらけてるとか ”  括ってしまわず、若い人が若い人なりの考え方で良い意味で形を変えて、どんどん吸収されているように感じます。稲盛さんの考えは古いものを押し付けるのではなく、古い素晴らしいものを今の現代にいかにフィットされているかを考えています。

若い人の参加が多いという点では古いものの押し付けではないと思え、嬉しいですね。

稲盛さんの考え方はアメリカでも受け入れられるでしょうか

1つの違いがあるとすれば日本は単一民族ですよね。アメリカは他民族でサラダのような国ですから全ては難しいと思いますが、中には稲盛さんの教えにフィットする民族がいるのではないかと思います。

例えばの話しですが、東欧系、メキシコ系の人なら理解しやすいのではないかなど民族的に違いが出るかもしれませんね。

ご家族、お嬢様達は今もアメリカにいらっしゃるのですか

娘が 2 人いますが、 1 人は中・高校ともう 1 人は大学までアメリカで過ごしました。日本とアメリカの学生生活は全く違いますからね。ある時気がついたのですが、お茶の代わりにコーラを飲む。食事をしながら足を組む。そんな様子を見ていてこれではと思い、就職は日本でするように親として指導をしました。

アメリカの生活で良いいところはおおらかで物事を全体的に見ることが出来るようになったこと。しかし日本的にみて礼儀作法は良くないですね。

今は子供も孫も日本ですから頻繁には会えませんが、インターネットの時代ですから写真を送ってもらったりしているのでね(笑) それと年 4 回くらいは日本に行きますので、孫の為にお土産を探したり、買っていくのが楽しみです(笑)

アメリカ生活で良い点はどこですか

アメリカにいて良いなぁと思うのは日本人が少数だからかもしれませんが、気楽ですよね。

日本は横並びの社会ですから飛び出るわけにはいかない。今の若い人でも何か飛び出た事をやると何だあいつという事になってしまう。日本の発展を阻害しています。足を引っ張るというか、その点こちらでは ほぼ自由に発言出来るのは良いですし、素晴らしい社会だと思います。

今の日本は閉塞感というか出口が見えないというかね。日本人として残念だけど自分の国に自信が持てない、夢が持てないというのがねぇ。ちょっと辛いですね。

日本は便利かもしれない、心地よいかもしれないけど生活していて楽しいかとなったらどうか? 

こちらで多くのアメリカ人 何十年も前に日本に行った事がある人達は日本は素晴らしい国 文化、人だと言ってくれる。それは皆 40-50 年前の日本を知っている人達でここ 10 年くらいの日本に行った人が言ってくださるのか

本当に楽しい国だったという過去形になっているような気がしますね。

どうしたら良いですか 何か悪いのでしょうか

まず政治家を選ぶ選挙システムを変えないといけませんね。民意が反映されるような。

それに政治家を選んでいる国民の色々なレベルをあげる必要もありますね。その為にはマスコミももう少し頑張らないといけない。内容をもう少しレベルアップしないといけません。

あまりにも程度の低い人が政治家になれて政治をしている。また程度の低い事をしないと次の選挙で当選しない。政治家になった時は志の高かったかもしれませんが、いつしか票の為に政治家をやっている。志の高い方が政治家になれる、人の事を考える政治家が増え、そして再選される仕組みをもう一度考える必要がある。イギリスやドイツから教えてもらったものを今一度見直してみる良い機会なのではないでしょうか

日本という国は独特なものを持っていますからね

私もニューヨークにいた時に若かった頃もありますが、カラフルなネクタイを締めていました。それも楽しかった。 4 年の駐在が終わり、日本に戻る時に家内からそのネクタイはどうするのかと尋ねられました。これだけ派手なものは流石に日本では出来ないと言うと  “ 何のためにニューヨークに 4 年もいたの。またドブネズミの背広の世界に戻るの 嘆かわしい ”  と怒られたんです。

アメリカ帰りの跳ね上がりと言われない為に日本に順応してしまう。日本はそういうものを受け止める素地がない。私は悪い例ですね。

海外の生活をしたり、良い経験を日本に活かせるようになると良くなっていくと思います。ただそのスピードが遅いですね。ですから他の国から比べると相対的に遅れてしまいます。

日本が他の国についていけないのは、日本の文化 考え方は強力なんじゃないですか、しつこいというか。日本の文化 思考体系は芯があってフラフラしていない部分がありますね。それは良いも悪いも日本人は日本人だという感じなんですねぇ それ程しつこい素晴らしい文化だから、そう簡単には変えられないかもしれませんね。

あまり夢のない話になっちゃいましたが、根が深いような気がしますね

日本の中に入ってしまうと見えなくなってしまうことが沢山ある。だから海外から日本へ発信していく事が大事。日本がそれをどう受け取るかは日本人次第ですが、発信していくことが重要ですね。

プライベートではどのよにお過ごしですか

ゴルフですね。夏は月 10 回くらい健康の為にやっています。ゴルフをやっていると粘り強くなるし、戦略的になり仕事にも良い。常に考えるゴルフをしていると生活、仕事もうまく行く。もう歳ですからねぇ 距離は若い飛ばし屋の人にはかないません。それをどうやって喰らいついていくか

中学から大学までずっと野球をやっていました。野球は 9 人集まらないと出来ませんが、ゴルフはすぐに出来ますから、ゴルフに変えました(笑)

ゴルフをして身体を疲れさせ、ワインとチーズで一杯やって本を読んでぐうぐう寝る。これが健康的で良いのです(笑)

本日はご多忙の中、貴重なお話を聞かせて頂きまして有難うございました。

インタビュー後記

お話しを聞いていて望月さんの真面目な姿勢がとても伝わりました。仕事に対しても遊びに対しても一生懸命 誠心誠意対応される姿は日本人にもアメリカ人からも信頼され、またそれに応えようと相手も思うのだと感じました。

メトラからの大型受注も毎週通い直接要望を聞き、それに応える。そんな誠実さ、望月さんの人徳の賜物だと思います。

盛和塾入塾の動機も忘れていた感激、感動を取り戻すため いくつになっても踏み出す気持ちをお持ちのところが素晴らしい。

2012 年の 3 月で 45 年 そろそろ若い世代の人達へとおっしゃっていました。これからも色々と教えて頂きたいと思います。

今回もとても素晴らしい人にお話しを聞くことが出来ました。

関連リンク

日本車輌USA          http://www.nipponsharyousa.com/

取材・文/小坂 孝樹
 

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