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アメリカで輝いている人 VOL.89

眞銅 竜日郎 さん ( Mr. Tatsuhiro Shindo )
ジェトロ シカゴ 所長
 
アメリカで活躍されている方々にインタビューをし、その人の活躍の場、内容、素顔を通じ
よりアメリカを知っていこうと企画された “Brilliant People” 輝いている人!

第89回目に登場いただくのは
ジェトロ シカゴ所長の 眞銅 竜日郎
さん です。

眞銅さんはジェトロ シカゴ所長として中西部を中心に日米の架け橋としてご活躍の他、著書も多数。
年間50回の講演もされるなど多分野にてご活躍です。

−経歴−

1958 年  大阪生まれ
1982 年  早稲田大学 政治経済学部政治学科卒業 / 日本貿易振興会(ジェトロ)入会
1985 年  同 海外調査部米州課
1987 年  同 スペイン国研修留学
1990 年  同 メキシコ・センター
1996 年  財団法人 世界平和研究所 主任研究員
1998 年  日本貿易振興会 輸入促進部 総括課長代理
1999 年  同 経済情報部 総括課長代理
2000 年  同 総務部主査 メディア事業担当
2001 年  日本貿易振興機構 ニューヨーク・センター次長
2006 年  同 企画部 事業推進主幹 (北米・オセアニア)
2008 年  同 海外調査部 調査企画課長 兼 北米課長
2009 年  同 海外調査部 調査企画課長
2010 年  同 シカゴ・センター所長

著書、論文は、『米国経済の基礎知識 −超大国の実像とオバマ大統領の政策』ジェトロ 編著 2010年、 『米国通商関連法概説』米国下院歳入委員会編 ジェトロ 共訳 2005年、『世界週報』海外経済ウォッチ連載 時事通信社 2004年〜2006年、 『ラテンアメリカ・ルネッサンス −変貌するラテンアメリカと米国・日本の新しい関係構築に向けて』世界平和研究所 1998年、『中国のWTO加盟を巡る課題と日米中関係』 世界平和研究所 1997年、 『加速する東アジアFTA』木村福成編著 ジェトロ 共著 2003年、『 』 C.F.バーグステン、東洋経済新報社 共訳 1986年等。NHKニュース「おはよう日本」、テレビ東京「ワールド・ビジネス・サテライト」等で、大統領選挙、米国政治経済動向を解説。 など多数


ジェトロ就職の動機はなんですか

大袈裟に言うと人生の生きる道を見つけたという事でしょうか(笑) 資源が乏しい中でどう戦っていくかを考えた時、日本の生きる道は貿易で発展するのが一番の王道だと思ったのです。 ジェトロ(JETRO 日本貿易振興機構) はそれが出来る所と思ったのが動機の1つです。

それと私は河内という大阪と奈良の国境にある田舎の出身です。小さな頃は古墳などがいっぱいあるような所で育ったんです。子供の頃からアメリカに憧れて、是非世界に雄飛して活躍したいと思っていました。高校生の時に交換留学の話があり、応募しました。河内からアメリカ留学なんて誰もいなかった時代です。

アメリカ人の両親は留学した高校の校長先生の家庭だったのですが、彼らから色々と人生について教えて頂きました。
オクラホマシティという田舎で 1 年間英語漬けの生活をし、考え方などを学んだ貴重な 1 年でした。

何の関係もない日本から来た子供を家族同等もしくはそれ以上に接してくれるアメリカの懐の深さに強烈な印象を受けました。何とか恩返しをしたいとずっと考えていました。日本と海外の架け橋になりたい、それがもう1つの動機です。

それ程アメリカに憧れていらっしゃったのに最初の駐在先はメキシコだったのですか

ジェトロ に入所して尊敬する先輩に沢山会い、国際政治・経済について色々と学びました。アメリカが全てと思っていた私にとって、思い上がりも甚だしい小僧だった事に気づかされました。

海外調査部の先輩が中南米に詳しい課長で その方からお話を伺っているうちにアメリカだけが世界ではないと気がつきました。そしてスペインに留学させてもらいメキシコ駐在となったのです。

愕然としました。言葉1つとっても英語が流暢に話せれば何とかなる、世界に通じると思っていましたが、とんでもない。

今は NAFTA ( North American Free Trade Agreement /北米自由貿易協定 )も出来ましたのでメキシコでも英語が通じるようになりましたが、当時はほとんど通じない。スペイン語は 30 歳以降の手習いですからたいした事はないですが、それでも一生懸命勉強し話しました。そしてラテンアメリカも魅力的だと実感しました。

中米しかり南米しかり 最貧国を色々と見てきました。経済的には決して豊かではありませんが、家族の絆が強く本当の幸せとはこんな感じではないかと感じる事が出来ます。

日本は経済的に豊かですが、子供を育てられないといって子を産まない。
すなわち少子化となり、日本は衰退していきます。

メキシコ駐在時代の思い出など教えてください

メキシコ駐在前に先輩から新幹線のレールを走っているのに、在来線に乗るようなものだが良いかと聞かれました。出世なんて二の次、コロンブスの卵ではないですが、もっと知りたい。という気持ちの方が強かったですね。

1990-94 年 メキシコに駐在しておりましたので、 1994 年に NAFTA は交渉過程から発効となり、丁度その瞬間を体感する事が出来ました。アメリカという圧倒的な力に飲み込まれないようにメキシコが歴史的な決断を下した年です。

その当時巨大自由貿易協定を発効させるというマグネチュードの大きさは日本にいたら絶対に分からない。歴史的証人として情報発信をしないといけないと思い、他所に先駆けて取り組み情報発信しました。

ブラジル・アルゼンチンなど中南米もそうですが、私のような身分でもお手伝いさんに来てもらい子供の面倒などをみてもらっていました。その女性は恐らく 30 歳代なのでしょうけど、すでにおばあさんなんです。 15 歳くらいで結婚して、その子供がまた同じような歳に結婚をして子供を産む。彼女にクリスマスプレゼントをあげたらとても喜んでくれて、幼い子の手をひいて歩くうしろ姿をみていると何か幸せな気持ちになりました。

色々と感じるところがあり、メキシコ駐在は本当に良い経験でした。

ニューヨーク 駐在時代は如何でしたか

アメリカは自らを変えていく力がある。尊敬しているところです。そして ニューヨーク はじめその底辺をヒスパニックが支えています。最高のセレブ達が煌びやかな生活を送れるのも彼らのお陰なんです。

不法移民も多くいる事と思いますが、メキシコにいて初めて分かりましたが、彼らには不法移民という意識がないんです。もともとテキサスやカリフォルニアはメキシコの領土であり、アメリカから戦争をふっかけられ一番良い領土を取られてしまったわけですから、自分の故郷に帰るだけなのに何が悪いという意識なのです。

ニューヨークの ジェトロ事務所で夜の 11 時頃まで残業をしていると 30 年間もそこで掃除の仕事をしているというエクアドル出身のおばちゃんと出会いました。アメリカの市民権も取っているし、蓄えたお金で故郷に錦を飾ることも出来る。私がスペイン語で話しかけると驚いていましたが、メキシコに居た事があること、エクアドルに行った事があるなどと話をすると即アミーゴとなり、 2 人でスペイン語談義をするのが1つの楽しみとなりました(笑)

同じ言葉で一緒にコミュニケーションを図ろうとすると心が通じ合います。英語しか分からなかったら鼻持ちならないエリート意識をもっていたかもしれません。

シカゴでは6 時に掃除のおばちゃまがやってきます。彼女もまたメキシコの出身でここでもスペイン語談義が始まっています(笑) シカゴはスペイン語でチカゴと発音します。このような出会いもあり、チカゴに着任しラテンアメリカも含めプロモートしたいという気持ちになりました。

多くの著書がおありですが、本を書くことは仕事の一環としてですか

アメリカは1− 2 年前 サブプライム、リーマンショックで 100 年に 1 度の大不況。日本のメディアではアメリカ滅亡一色の報道で、伝えられ方が悪い事ばかり。

現在日本は中国・インド・ベトナム・アセアン アジア一色になっている。それが発展するのは素晴らしい事ですが、その発展のもとがアメリカだという事を忘れてしまっている。これはいかんなぁ、反論せにゃあかんと思いこの本を書いています。

総務、経理、コーディネーションなど色々と職務があり、研究者として本を書くような立場ではありませんので、全部夜なべ仕事、夏休み、週末を返上して執筆したものです。

手前味噌になってしまいますが、本を書くだけではなく各地方の新聞社や経済同友会の方々、 ジェトロの国内事務所などの協力を得て、1 年で 50 回の講演も開催しました。 「演歌の花道講演シリーズ」と呼んでいるんですが、全国隈なく講演して廻りました。県の高官、経済人の方に向けて「アメリカは必ず近いうちに底を打ち復活する。日本はそれを学ぶべき」とお話しさせて頂いております。

年間 50 回という事は平均すると毎週講演をしているという事です。 1 年で 50 回講演はジェトロの中でも歴史的記録となったようです(笑)

今回の講演をして気づいたのですが、オバマブームに沸いたアメリカの民主党に誰がいて、どういう政策ををもっているかなど纏まった資料、包括的にアメリカがこうなっているというものがないのです。アメリカを動かす=世界を動かす 鳥瞰図を示すような的確な資料がなにも見当たらない。

個別に各論で示せる方がいても全体像を示される方がいらっしゃらない。グローバルなネットワークを持ち包括的な纏めが出来るジェトロがやるべき仕事の1つだと感じました。

JCCC(シカゴ日本商工会議所)でも講演されていらっしゃいますね

JCCC 主催の講演会では 150 名の経営者の方を前に講演をさせて頂きましたが、本当は教えを請いたい方ばかりを前に釈迦に説法を絵に描いたようなものになってしまいました。

ただビジネスにおいてはプロフェッショナルな方々ですが、包括的な情報は収集しにくいという事が分かりましたので、少しは参考になる話が出来たのではないかと思っております。

眞銅のアメリカ経済の見方は強気で楽観的という意見が多いと言われますが、準備した資料は 170 ページにもなってしまい、データをもとに経験則に基づいてアメリカの強さを講演させて頂いております。

講演の内容を簡単にご説明頂けますか

アメリカは人口が着実に増え続けている巨大先進国です。 3 億人の人口も 1% 300 万人が毎年増え続けている。これだけの購買力を持っている国は他にありません。まさにアメリカンドリームを実践しようとする 家を買う 車が必要となり、家電を購入する。好循環のアメリカの強さは日本と好対照です。

リセッションの時 日本はあらゆる支出項目がシュリンク、縮小しました。一方アメリカは旅行、外食などはドカンと落ち込みましたが、不況下でも教育、自己啓発などの分野は伸びています。

100 年前に遡りリセッション一覧表を作成してみました。するとアメリカのリセッションは 8 ヶ月から 1 年で底を打ち、回復に向かっているという事実が浮き彫りにされます。 今回のリセッションは金融、自動車、住宅、雇用など各主要部門が影響を受け三重苦、四重苦となりましたが、回復していっています。アメリカの経済の底固さは違うと改めて感じざるをえません。

とは言っても 2005 ・ 2006 年までリーマンショック前の経済を標準点と考えるとそこに戻る事は難しいですし、日本のバブル時代と同様 そこには戻れない。あのような状況が異常だったのです。

日本は去年から人口が 1.2 億人で天井をうち、減少に転じている。これは危機的な状況です。30 年前に日本とアメリカは人口も GDP も 1 対 2  であったのに対し、現在は 1 対 3 と差が開いています。

日本がまだ持ちこたえられているのは、海外に出て頑張っている日系企業の企業戦士の皆さんのお陰です。まだ豊かな日本にいたらこのような事も分からない。日本が衰退していくのを心配しています。

では日本は何をすべきですか

“モノづくり・イノベーション” に尽きますね。モノづくりとイノベーションの推進をテーマとしています。個人的にはこれが重要と考えています。

世界の中で日本人の能力が評価されるのは丁寧に真心込めて製品、サービスを創る。これに尽きます。世界中を見てきてこれを確信しています。金融だけで戦って生きていけるかと考えれば残念ながら日本は競争力を持っているとは言えない。モノづくり・イノベーションがあるから金融が頑張っていられるのです。

シカゴ中西部はモノづくりを評価して発展している地域ですから学ぶべきところは多々あると思います。

シカゴに着任されて8ヶ月 如何ですか

実はシカゴに赴任する飛行機の中で坐骨神経痛が発症し、今でも足に痺れが残っています。病気をして臥せったのは生まれて初めてです。

神様はこんな厳しい修行を与えるのかと思うくらい、これからシカゴでやるぞ! と思いやってきたのに、着任して2ヶ月は出社どころか痛くて歩く事も寝ることも出来ず床に臥せっていました。

医者に言わせると過労という事でした。重い書類を持ち、数時間の睡眠で全国を廻る生活でしたから無理が出たのかもしれません。

皆様とゴルフでも思っていましたが、なかなか思うように出来ず、仕事でもリカバリーショットを放っているところです(笑)

ストレス発散はなんですか

芝刈り。ゴルフが一番のストレス発散法ですね(笑) 

40 代半ばで同僚を 2 人続けて亡くしました。幼い子供を残しあっという間に逝ってしまった。 2 度ある事は 3 度ある。次は自分かと思った時に仕事ばかりではなく、何かをやろうと思い ニューヨーク駐在時代に始めたものですから、 40 の手習いです。芝刈り修行と呼んでいますが、セミプロのおっしょさんに付いて担いで廻りましたので、スコアも 70 台が出る程に上達致しました。

ゴルフの良いところは異業種交流 歳の差を越えて一緒に集まって楽しめる事ですね。 ジェトロも世界中から集まった寄り合いですから、通ずるものがあります(笑)

それに 1 日一緒にいると人格が出ます(笑) 最初の頃 永住の方と一緒に廻った時は駐在のお前が邪魔するなと思われているのじゃないかと怖くてドキドキでしたが、懐に飛び込んでいったら心を開いて頂き、コイツもなかなかやるなぁと思ってもらえたようで快く受け入れて頂きました。強面のおっちゃんでしたが、サムライでした(笑)

私のニックネームは 「竜爺校長」(笑) ゴルフをやる時 “芝刈り修行塾” と呼んでいるのですが、校長、纏め役をやります。余計な事は言いませんが、求められればワンポイントアドバイスをするんです。すると教え子達は自己ベストを必ず更新する。今は教頭見習いに格下げです(笑)

成功の秘訣を教えてください

偉そうに申し上げられるような立場ではなく、修行僧ですから(笑) 

座右の銘として“艱難辛苦汝を玉にす”英語で言えば “ Adversity makes a man wise ”
まさに修行ですね。 眞銅ですから 燻し銀ならぬ燻し銅になりたいと思っています。

それと所内では精神誠意 真心を込めて取り組むべし と所長として伝えています。 “ Let's move forward. Value team work ” 個人的に能力が高い人もいれば、そうでない人もいますが、チームで動けば2乗 x 2 乗していき  Win & Win となっていく。

ニュースレターを中西部 12 州及びカナダを含めた北米に配信しております。日本の重要性、日本を理解してもらい評価してもらう事を目的としています。

口幅ったいのですが、このような地道な努力が少しずつ良い方向に動いています。トヨタ自動車のリコール問題が発生した時に トヨタは悪くない。過去にあったGM・フォードなどアメリカ企業のリコール問題に比べたらトヨタは真摯な対応をしている。何故そんなにいじめるのだと中西部・南部 4 州の知事が連名でレターを書き、連邦政府に陳情してくれました。

恩返しをするためにも全力を尽くすのがジェトロ 所長としての私の役割であると思っています。

ジェトロ シカゴ事務所は去年設立 50 周年を迎えました。諸先輩方が努力して築いた賜物です。次の 50 年に向けてチーム一丸となって精進していきたいと思います。

本日はご多忙の中、貴重なお話を聞かせて頂きまして有難うございました。

インタビュー後記

今回も素晴らしい方とお会いさせて頂きました。

終始笑顔が絶えることなく、とても興味深いお話をお聞かせ頂きました。

アメリカに憧れ 日米の架け橋になるべく ジェトロに就職したにもかかわらず、諸先輩方からの刺激を受けスペイン語も習得。それを活かすべくメキシコ駐在をし、誰隔てなく話しかけ人の心を開かせていく。素直な心を持ち人に接する。 それが眞銅 さんの魅力の1つだと思います。

眞銅 さんのお話を聞いているとグローバルなお話しと人生は修行という人生訓が交互に話題となり、自分の為ではなく世の為、人の為に自分も精進するといった気概を感じます。

多くの著書もアメリカの素晴らしさを伝え、日本人としての評価をきちんとしてもらう。日米の架け橋となり、友好関係を健全に維持し、日本がしっかりする事でアメリカに恩返しをする。そんな思いが自然と伝わるような とても魅力的な方です。

関連リンク

JETRO   http://www.jetro.go.jp/indexj.html

取材・文/小坂 孝樹
 

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