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 アメリカで輝いている人 VOL.8
 松本 保則 さん (MR. YASUNORI MATSUMOTO)
 格闘家 士道館空手 全米首席師範
 
アメリカで活躍されている方々にインタビューをし、その人の活躍の場、内容、素顔を通じよりアメリカを知っていこうと企画された“Brilliant People” 輝いている人!

第8回目に登場いただくのは格闘家の松本 保則さんです。
松本さんは士道館全日本大会3度優勝、全日本格闘技選手権優勝、アルティメット大会優勝など数々の大会でタイトルを取得。現在シカゴ郊外アーリントンハイツのUS士道館空手道場にて首席師範として指導をしながら武道の普及に力を注がれています。

−経歴−
1956年 8月12日生まれ。 愛媛県南宇和郡出身
1978年 京都外国語大学卒業
      同年 極真会(後に士道館)内弟子入門
1982年 士道館全日本選手権(無差別級)優勝 (その後83年、84年と三連覇)       
1985年 第一回全日本格闘技選手権大会 優勝    
1986年 米国での支部開設の為 渡米
1994年 US士道館(アーリントンハイツ)設立
      士道館世界大会(無差別級)準優勝
1996年 アルティメット大会優勝
現在、シカゴ郊外アーリントンハイツ市においてUS士道館首席師範として200名を越える生徒を指導。士道館七段、極真三段、柔道三段、剣道初段。奥様と14歳の息子さん10歳の娘さんの4人家族。シカゴ市郊外に在住。


手のつけられないガキ大将 !?

子供の頃から喧嘩ばかりでいわゆるガキ大将だったんです。家庭が裕福ではなかったので母親もずっと働かなければならず、寂しさを紛わす為に暴れていたのかもしれません。小学校の時は喧嘩に勝って皆の注目を浴びる事が嬉しくて、でも反面その度に学校に呼び出され頭を下げる母の姿に胸が締め付けられる思いでした。中学の頃はプロレスに凝っていて、有り余る体力をプロレスに向けていました。クラスの人気者にもなり、何期か委員長も努め“ワル”のレッテルがいつしか“優等生”になっていました。それでも他校に強い奴がいると聞けば出かけていって負かしました。中学までは喧嘩も格闘技も強さを極めるという意味では同じだと思っていたんです。

ガキ大将から格闘家になったきっかけは !?

高校に入ってからは柔道部に入部し、オールラウンドの強さを夢見て空手の道場にも通いました。併せて剣道やボクシングなど武道と呼ばれるものは殆どやりました。私が本格的に格闘技に入ったのは高校からですね。型にこだわり、寸止めを基本とする空手には魅力を感じていませんでしたから大学では再び柔道部に入部しました。本も色々読みました。強くなる為の格闘技が大好きなんです。

何故 士道館に入門されたのですか? 

当時は士道館ではなく極真会だったのですが、ご存知の方も多いかと思いますが総裁の大山倍達師は少年マガジンに連載されていた「空手バカ一代」のモデルでもあり、ゴッドハンドと呼ばれた史上最強の空手家として有名だったんです。どうせ入門するなら強い所、有名な所と思ってましたし、極真空手は寸止めなしのケンカ空手でしたから私にとってはもってこいの所だったんです。母の反対をよそに大学卒業後間もなく極真会東京都下埼玉支部長であり、極真の猛虎と名高い添野義三館長を訪ね入門しました。添野館長からの「黒帯を取るまでは刑務所に入ったつもりで頑張れ」のお言葉通り寮に入ってそば屋の出前持ちのアルバイトなどをしながら本格的に空手をやりました。

極真会から士道館へ

極真会は空手のみですが、添野道場では空手の他にキックボクシングもやっていました。双方をミックスしたルールもあり、当時としては非常に画期的でした。その後、極真会が大分裂して、今K-1で有名な正道館、芦原会館、士道館等に枝分かれした時、私は添野館長の男気に惹かれて士道館についたんです。US士道館はその士道館がアメリカ進出をしたものです。総合格闘技、キックボクシング、空手と3つの試合があります。

チャンピオンでも飯は食えない

大学を卒業してすぐに士道館に入門し、士道館全日本選手権で1982年から3年間全日本を制覇しましたが、それだけでは飯は食えないんですよね。今はK-1のように有名な大会で優勝すれば大変な賞金がもらえますが、我々の時代は大きな大会で優勝しても100万円が最高だったですからね。今の時代だったら良かったですね(笑) やはり優勝したときに獲得出来る賞金額が多くなるという事は励みにもなりますから選手にとっては良い傾向だと思います。


片道切符でアメリカに


忘れもしない1986年の冬にシカゴに来ました。ハワイでの数日間のバケーションのお供で来ていたところ、添野館長からアメリカでの支部設立を宜しく頼むと言われて$300の餞別を頂き、帰りの切符はその場で破り捨てられました。我々の世界では館長からの言葉は押忍の一言で全て受け止めなくてはなりませんから、逆らうわけにもいかず途方に暮れました。その後知人を頼ってシカゴに来た時は吹雪いていましたし、あまりの寒さに人が住むところじゃないなぁと思いました。まさかこんな事になるとは思っていませんでしたから着る物もないんです。全てがゼロからのスタートでした。

まずやった事は道場破り

しかし、このまま帰るのは恥ずかしいし、何とかしなくてはなりませんから日本食レストランでアルバイトをしながら食事を食べさせてもらい、他流試合を申し込んで道場破りのような事をやりました。初めの頃はプライベートレッスンも公園でやっていた程です。

アーリントンにUS士道館道場を開き指導にあたる

現在シカゴ郊外アーリントンハイツの道場にて総合格闘技、キックボクシング、空手と3つの指導にあたっています。子供から大人までのクラスで約150名の生徒、その他プライベートレッスンで30名の指導をしています。黒帯のOBを含めると総計200名近いでしょうか。子供は体と心を鍛え強い心身や礼儀作法、思いやりの心などを身につけてもらうよう指導します。大人は運動不足、ストレス解消、セルフディフェンスなどの健康管理や護身術を学ぶ為の方の他、試合に出場したり強くなりたいという人も多くいます。また個別のレッスンでは30名程の生徒さんを道場に来ていただいたり、ご自宅や事務所にお邪魔して指導しております。私自身も健康管理の為汗をかきます。タバコや酒など体に悪い事はしないように心がけています。


何でもありの金網マッチ アルティメット大会で優勝

アーリントンの道場を立ち上げた年は、丁度下の娘が生まれ年でもあります。道場は立ち上げたらすぐに生徒が集まるというものではありませんから、生活を支える為に色々な大会に出場して賞金を稼ぎました。その中でも特に印象的なのはシカゴで開催されたアルティメット大会です。これは目突き、噛み付き以外なら何でも有りの戦いです。今は時間や体重に制限が加えられましたし、イリノイ州では禁止になりましたが、当時は体重も時間も無制限で自分が求める最強に最も近いスタイルでしたから、かなり燃えました。対戦相手とは戦うまでその強さが分からないんです。一見弱そうに見えても腕を絡めた瞬間に凄い強さだったりしますから、その緊張感がたまらないです。あまり緊張してもいけないし、緊張がないと駄目です。平常心と緊張感を50/50に上手くコントロール出来る様になれば一流ですね。そして戦い終わった後の満足感がとても心地よいです。

怖いと思った事はありますか?

ありません。所詮相手は人間ですから、熊や虎と戦う訳ではないのです。ルールに基づいて戦いますし、レフリーもいるので特別怖いと思う事はありません。特に一流になれば人間の限界を知っていますから素人のケンカよりずっと安全です。ただ格闘技は内面の戦いでスポーツマンシップと言うよりは、やはり武道と言うものが根底にあると思います。ボクシングはスポーツですね。その辺に微妙な違いがあるように思います。

思い出深い試合、印象に残っている人物は?

まだアメリカに来て2年程の頃、PKA・世界ミドル級チャンピオンで世界ランキング上位のマンソン・ギブソンとの戦いは色々な意味で良く覚えています。まずエキスポセンターの壁に吊られた垂れ幕には「アメリカンスタイルキックボクシングVSジャパニーズフルコンタクトカラテ」と書かれており、異種格闘技のムードが高かった事。そして試合直前までルールが決まらず、仕方なく相手方の要求するルールで試合に臨んだ事。スピード、タイミング、戦略どれをとっても一流で流石にチャンピオンの風格があり、今までの対戦相手の誰よりもテクニックがあった事が記憶にあります。自分の力を過信してルールをなおざりにし、痛い目に会ったことなど、色々な意味で勉強になったし、その後の人を指導をしていく上での貴重な体験となった試合です。その他、世界大会でアバラを折られて優勝を逃したトーマス・クチャゼウスキー戦やアルティメットのパット・ミレティック戦などは印象的です。 (パットはその後、UFCでも活躍しています。)

成功の秘訣 !?

私はまだまだ成功者ではないと思っていますが、成功の為にはあきらめずにコツコツと頑張る事だと思います。急に成果は出ませんから日頃の努力の積み重ねが大切だと思います。皆道場に来ればすぐに強くなれると思っていますが、そうではありません。強くなる為にはもって生まれた性格や素質もありますが、日々の弛まぬ練習が一つ一つ積み上げられて形になっていくものです。

幸せな人生


私は本当に今幸せです。朝早くからプライベートレッスンなどで指導に出掛け、夜は道場で指導をする毎日ですので忙しいですが、自分の好きな事をさせていただいて生活が出来る訳ですから
これ程幸せな事はありません。プライベートな時間がなかなか取れないのですが、子供を映画に連れて行ったり買い物に行ったりと家族にも恵まれています。自分が子供の頃恵まれていなかったので子供には何でも買い与えてしまい妻に怒られます。妻と口喧嘩したら負けますからね(笑)昔から自分に厳しく人に甘いと言われていますが、本当に甘い父親だと思います。

シカゴのお薦めは?

食べ物は美味しいですよね。それとスポーツ観戦。私は武道以外全く駄目なのですが、シカゴは野球、バスケット、フットボール、ホッケーなどスポーツが盛んですから観戦は良いですよね。生徒に知合いがいて野球のボックスシートを取ってくれますが、日本人が出ている試合などは楽しみです。それと自らも体を動かす事をお薦めします。ストレスを取る為には体を動かす事が一番です。走る事が良いと思いますが、シカゴは冬厳しいですからジムとか面白いマシーンがある所などは良いですね。一人でやっているとつまらないですから、人と一緒に体を動かすと良いと思います。




本日はご多忙の中、貴重なお話を聞かせて頂きまして有難うございました。

インタビュー後記
松本さんは本当に格闘技が好きなんだなぁと思います。融和なムードと話し方からは全く想像が出来ませんが、とてつもなく強い人、そして強さを追求している人だと言う事が分かります。そして何が凄いかと言えばそのエネルギーと闘志です。既に指導者としての地位を確立され、40歳に近い歳といえば年齢的にも現役を退いて当然の時に大きな大会で優勝したり出場しようというバイタリティは凄いものです。間違いなくK-1やプライドなど今の格闘技ブームの礎を築いた人だと思います。

今回のインタビューで出てくる方々の名前を調べると凄い人達ばかりです。47歳の今も少年の頃と変わらない強さに対しての熱い思いが溢れている事が伝わります。武道は内面の戦いとおっしゃっていました。常に自己を鍛え、人に優しい男。とても魅力のある人です。また、それを支える奥様もとても素晴らしい人だと思います。
お忙しい中お時間を頂き、大変有難うございました。

小坂孝樹

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