おでかけ.US
暮らしの情報館
生活
働く
駐在員情報
電話帳
おでかけ情報
アミューズメント
鑑賞
スポーツ
観光・見所
トラベル
レストラン
ショッピング
便利情報
ガイド
オンラインストア




アメリカで輝いている人 VOL.54

篠田 研次 総領事 (Mr. Kenji Shinoda)
在シカゴ日本国総領事館 
 
アメリカで活躍されている方々にインタビューをし、その人の活躍の場、内容、素顔を通じ
よりアメリカを知っていこうと企画された “Brilliant People” 輝いている人!

第54回目に登場いただくのは
在シカゴ日本国総領事館 篠田 研次 総領事です。


篠田総領事は中西部10州という広大な地域を管轄する 在シカゴ日本国総領事として2006年9月の着任以来
ご多忙な毎日をお過ごしです。 現在シカゴ近郊のエバンストンにある総領事公邸にお住まいです。
−経歴−

1953年 名古屋生まれ
1975年 外務省公務員採用上級試験 合格
1976年 京都大学法学部卒業 / 外務省 入省
1982年 欧亜局(ソビエト連邦課)課長補佐
1984年 アジア局北東アジア課 課長補佐
1986年 条約局条約課 首席 事務官
1990年 在アメリカ合衆国日本国大使館 参事官
1993年 在ロシア日本国大使館 参事官
1995年 中近東アフリカ局中近東第二課長
1996年 欧亜局ロシア課長
1999年 在ロシア日本国大使館 公使
2002年 条約局審議官
2003年 欧州局審議官
2005年 総括審議官
2006年  在シカゴ日本国総領事



昨年 9 月に着任されて以来管轄エリアである中西部 10 州という広い地域を精力的に活動されていらっしゃいますが、
この 1 年を振り返って如何ですか?

3 年前に4州から 10 州に管轄が広がりました。この 10 州( イリノイ、インディアナ、アイオワ、カンザス、ミネソタ、ミズーリ、ネブラスカ、ノースダコタ、サウスダコタ、ウィスコンシン )の面積は日本の 5 倍という広大な地域です。当初この広大さに圧倒される思いもありましたが、目標を立てて地域との関係を進展させていく、とても充実した仕事が出来ました。

着任後 1 年で各州の知事、ビジネス関係の方々、日米協会や草の根交流、日系企業、工場の訪問も含め 10 州全て回りました。車で行けるところは全て車で移動します。その地域の風景を見るのも重要だと思います。

日本経済は失われた 10 年といわれ、厳しい時代がありましたが、今は回復してビジネスの皆様がこの中西部にも戻ってきておられると感じます。JCCCの加盟企業数も上昇に転じてきていますね。

総領事館としての具体的なお仕事内容、目標を教えてください

私は着任以来総領事館の目標は3つあると考えています。 1つは中西部にいらっしゃる日本人の皆様が、安心してご活躍頂けるように出来る限りお手伝いさせて頂くこと。 領事サービスなどがそれにあたります。

そして 2 つめは日本と中西部との間の経済、文化、観光面の交流の促進。

3つめは日米相互理解の促進です。日本の考え方を良く知ってもらうよう情報を発信し、
また同時にアメリカの政治・経済も 理解するよう務めます。能動的且つ受動的な活動です。

これらの事をスタッフと共にやってきたつもりです。 1 年鋭意努力してこれらの目標にむかって努力することが益々重要であるという思いを強くしています。

実際に色々な方々とお会いしての感触は如何ですか?

中西部の皆さんが日本や日本企業に対してとても好意を持って頂いていると感じます。

ビジネスで言えば日本からの直接投資がありますが、 更に進出してきて欲しいとの思いが各地にあります。管轄地域に約 1,100 の日系事業所があり、約10万人の雇用を生みだしています。

日系企業が地元のコミュニティーに溶け込み貢献する努力を怠らず続けてこられた。こういった努力の積み重ねがあって、今の日本に対する米国人の好意的な姿勢があるのだと思います。

過去に貿易摩擦、貿易戦争など日米間には難しい問題もありましたが、そのことが今は嘘のように感じられるとても良好な関係が築かれています。ここ数年が日米関係の一番良い時期なのではないでしょうか。 当地にいるとそれを肌で感じます。

一番苦労された事は何ですか

それぞれの分野で同じことが言えますが、 限られた能力、時間、予算の中でできる限りの効果を出そうとすることですね。ですからどの案件に手をつけえるかといった選択の問題も重要です。

世界を見渡してみますと、 解決の目処が立たないような似て意的な問題や現地情勢を抱えた在外公館もいくつもある訳ですが、中西部と日本との関係は基本的にきわめて良好であり、苦労といってもそのように既にあるプラスの関係を更にプラスにするために努力するという前向きな仕事が多いのですから、結構なことだと思っています。

経済面ではどのような活動がございましたか

このエリアの経済活動の中で最も重要な活動の1つとして中西部会があります。中西部会は、日米財界人会議の下部組織で日本と中西部とをつなぐ最もハイレベルな伝統的なビジネス・フォーラムです。毎年 9 月に日米交互に会合が持たれます。着任直後にインディアナポリスで行われた第 38 回会合に出席させて頂きました。昨年 9 月には第 39 回会合が東京帝国ホテルで開催され、 今年の第40回会合はミルウォーキーで開催される予定です。

この会合には日米双方のハイレベルなビジネス関係者、 加盟10州の知事や副知事などが率いる代表団が何百人も集まります。 現在の日米間の経済関係は安定し、成熟していますが、この良好な状態が続き、また発展するよう我々は触媒としての仕事をさせて頂きたいと思っています。

文化面では如何ですか

昨年10月に 大阪の本格的な文楽の公演が実現しました。全米ツアーの一環として、ノースウェスタン大学、イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校で開催されました。本格的文楽の中西部の公演は史上初めてのことです。

日本の伝統芸能のよさが伝わったのではないかと思います。 文楽は単なる人形劇ではなく、 語り、三味線と3つの要素からなる総合芸術である事を分かってもらえたのではないでしょうか。

中西部は東海岸や西海岸と比べて文化交流面ではまだまだやるべき事がありますね。 この公演が今後の一層の交流進展のための大きな節目になると良いと思います。

草の根交流も活発に行われていると思いますが、具体的にはどのようなものがありますか

グラスルーツの交流の一つにJETプログラムがあります。毎年多くのアメリカの若者が日本を訪れ、人的交流として高い評価を得ています。参加された方々は日本から帰ってきた後、知日派グループとして日米関係を盛り上げてくれています。

小・中学校の先生方が全米から毎年400名3週間程日本を滞在する、 ・フルブライト・メモリアル・ファンド・プログラムも10年間にわたり行われています。

参加されたご経験をお持ちの先生方に各地でお会いしましたが、 先生方というのは同じ事を経験しても普通の人の5倍くらい感動する人達なのだということが分かったことは衝撃的発見でした(笑) そして一旦吸収すると今度はそれを吐き出し、人に、特に子供達に伝えたくなるのですね。その欲求も人の5倍ほど強いように思いました。この方々とのネットワークを継続・発展させていくことも大切です。

皆さんと直接お会いして色々なお話をお聞きして、グラスルーツ(草の根)の交流が相互理解増進のためにとても重要だという事を皮膚感覚として感じました。

シカゴと大阪などアメリカと日本で姉妹都市の関係にある地域が多くありますが、何か行事などは行うのですか

シカゴ−大阪が姉妹都市となってから 35 周年になります。 大阪事務所は開設50周年です。 シカゴと大阪の関係は深いですね。都市の景観からみても似ています。街の中に川が流れ、その周りに高層建築が建ち並ぶ。

こういった伝統を大切にしたいものです。今年は一連の記念行事が開催されると思います。桂三枝師匠が過去10年毎年シカゴ公演を行われていますが、今年は一門の桂かい枝さんが英語落語で当地にお出でになるという話も検討されています。

シカゴ以外の都市では如何ですか

例えばカンザスシティは倉敷市と姉妹都市として40年の歴史があります。昨年7月には倉敷ウィークと称して、40周年を共に祝うために、少年野球やお茶、武道などの関係者を含めて倉敷市長を筆頭に同市から500名の大代表団がJALのチャーター便でやってきました。

丁度その時 NY ヤンキースとカンザスシティ ロイヤルズの試合があり全員で観戦の前にフィールドを行進したんです。 倉敷の皆さんは日本人として松井を応援したいが、 地元のロイヤルズにも勝ってもらいたいといった複雑な心境だったのではないでしょうか(笑)

私は「松井選手がホームランを打って、その上でロイヤルズが勝てば良いですね」と言ったんですが、結果松井選手のホームランは出ませんでしたが、ロイヤルズは圧勝でした。

セントルイスには全米でも屈指の日本庭園を持つ植物園があり、そこで毎年9月のレーバーデーの3日間に日本祭が開催されます。ワシントンの桜祭りも大きなイベントですが、閉ざされたスペースでの日本関係イベントでは最大のものの一つではないでしょうか。

実際にアメリカでお仕事をされると日本にいた時と何か違いはございますか

アメリカ側の視点になってものを見る癖も出来てきますので 、一方通行ではなく日米双方から物事を見るようになります。でも基本は日本の国益ですから、そのような視点から日米友好を更に増進するためにどうすれば良いかを最優先で考えていく事が重要だと思っています。

それと半世紀に亘る同盟の重みを肌で感じますね。 この同盟関係は維持されているばかりか更に進化しているのですね。これ程長く続き、しかも進化している同盟関係というのは歴史的にもそう例はないでしょう。

日頃から感じるのは、それに慣れてしまって、それを当然視してしまう事の怖さです。才能のあるピアニストやバイオリニストが毎日練習をしないと腕が鈍るのと同じように、 良好な関係の維持・発展のためには、日々コンスタントなケアが重要だと思います。円滑であればあるほど当然視してはいけないのです。手を緩めると必ず下降してしまいます。 領事館の果たす役割は強固な関係をこれからも下支えしていくための努力をしていくことだと思っています。

若い頃のエピソードなどあれば教えてください

ひと夏でアメリカの縦断と横断をしました(笑) グレイハンドで 80 時間乗りっぱなしというのもありますね。 これまでにかなり50州に近いところまで各地に 足を踏み入れたんじゃないかと思います。

旅行が好きなんですよ。日本は全ての都道府県に足を踏み入れています。自分の目で見て感じる。それが今は仕事ともなっていますから、とてもよかった(笑)

私はスポーツ観戦は大好きなのですが、自ら一つのスポーツを集中的に行うということはなかった。やっておけば良かったと今になって思いますね。

外務省に入ろうと思ったのは?

大学 3 年の時に国際的な仕事がしたいと思い、貿易関係か国際金融なども良いと思っていました。ある時期から外交官というのもあるのではないかと思い試験を受けたところ受かったというところです。

実際に外交官になられて如何でしょう

お陰様で色々な経験をさせてもらいました。この仕事はどこまで行ったら終わりというものではないので、 ある意味捉えどころのない、しかし、やりようによっては大きな効果の出るといった、そういう性質の仕事だと思います。

思い出に残るような出来事はありますか

1977年に研修でアメリカに来ました。その後、1979年に東西冷戦時代のソ連 モスクワに行きました。結局5年間日本に戻りませんでしたが、当時は日本に頻繁に戻るというムードではなかったですね。

鉄のカーテンを越えて初めての共産圏に入りました。研修で勉強はしていましたが、 自分自身の身をおいてみると、個人レベルでは衝撃的な事でした。

モスクワの空港はラバウル航空基地に降り立ったような印象でした。8月でしたが既に秋風が吹いていて寒さを覚えた事を記憶しています。 それと空港管理官がとても無表情だったのも印象的です。

丁度オその時期、79年にソ連がアフガニスタンに武力侵攻しました。西側諸国は一斉に制裁措置をとりました。1980 年のモスクワオリンピックの時でしたから西側は参加をボイコット、 日本もボイコットしたのです。

結局片側飛行のような形でソ連に友好的な国だけが参加してオリンピックは開催されましたが、 血の滲むような練習と努力をしてきたのに参加出来なかった日本の選手の皆様は誠にお気の毒でした。

それと印象的だったのは街に モスクワ市民が少ないことでした。オリンピックの開催で不測の事態を恐れて、疎開させられていたのではないかと思われた程です。その代わり若い警察官が地方から動員されて沢山いましたね。 街を歩いている私たち外国人に道を聞いてくるのです (笑)

冷戦下のソ連は精神的、物質的に大変でしたが、今から思えば面白かったし、楽しかったですね。

座右の銘などがあれば教えてください

そうですねぇ 人生万事塞翁が馬 ですかね。 何が幸いするか分からない。また、悪いことはそうそう長くは続かない 、多くの事は時間が解決してくれます。落ち込むような事が起こった時でも、それは仕方がないと思うように心掛けています。

成功の秘訣を教えてください

出来ているかどうかは分かりませんが、心がけている事は前傾姿勢でいる事。 出来るだけ前向きに物事を考え、常に先へ先へと考えることができればと思っています。

アスレチック・スタンスというのでしょうか、 テニス、ゴルフ、レスリングなど全てに言える事でしょうが、常に動ける、 どこから攻められても強い体勢 、何があってもすぐ対応出来る姿勢を常にとる。精神的にもそうあれば良いと思いますが、なかなか難しいですね。落ち込む時もありますしね(笑)

落ち込まれた時のストレス発散法は何ですか

ウォーキングをしますね。 それと旅行やドライブも好きですから 、良く出かけます。スポーツ観戦も良いですね。乱読ですが読書も好きです(笑)

最後に中西部のお薦めスポットをご紹介ください

シカゴは建築、文化、音楽などの分野でもとても素晴らしいものを持っています。また、フランクロイド・ライトの建築物はオークパークが有名ですが、ウィスコンシンのタリエセンも建築の学校があったり、住んでいた家があるなど縁の深いところです。 ここはマディソンからそれ程は離れていませんし、敷地が全体としてライトの世界を作っているようで、心が落ち着きます。 天気、天候の良いときにお出かけになるのをお薦めします。

その他、サウス・ダコタのマウントラッシュモアやバッファローを見ることが出来る自然保護公園など中西部には素晴らしいところがたくさんありますね。

本日はご多忙の中、貴重なお話を聞かせて頂きまして有難うございました。

インタビュー後記

今回も素敵な方にお会いする事が出来ました。篠田総領事には何度かお目にかかっていますが、今回はプライベートな部分までお話をお伺いする機会に恵まれ、とても素晴らしいお話しをお聞きすることが出来ました。

英語も日本語もスピーチがとても上手な方で、一方的な演説というよりは聞き手を巻き込んでしまうユーモアと魅力を持っていらっしゃる。実は専門はロシア語とお聞きしてびっくりしました。

1 年で中西部 10 州という広大な地域を全て周ってしまう活動力は、ひと夏でアメリカ大陸を横断、縦断してしまうといった学生時代から養われたものなのでしょうか。

状況が良い時にこそ気を引き締めて物事にあたる。手を緩めれば下降するといった危機感を常に持ち仕事にあたるというビジネススタンスをお持ちです。前傾姿勢でいることを心がけているという言葉からも伝わってきます。

今年は特に大阪 - シカゴ姉妹都市 35 周年の記念イベントにも熱心に取り組まれていらっしゃいます。
我々も微力ながらご協力出来ればと思っています。

本日はご多忙中お時間を頂き有難うございました。


取材・文/小坂 孝樹  写真/堀内啓志
在シカゴ日本国総領事館   http://www.chicago.us.emb-japan.go.jp/indexjp.html

BACK NUMBER

会社概要 | 採用 | リンク | 広告掲載 | 著作権 | ヘルプ | お問合せ

本サイトの無断転載を禁じます。
© ODEKAKE.US. All rights reserved.