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 アメリカで輝いている人 VOL.40
 鈴木 さなえ さん (Mrs. SANAE SUZUKI) 
 
マクロビオティック・ナチュラルライフ・カウンセラー 
 
アメリカで活躍されている方々にインタビューをし、その人の活躍の場、内容、素顔を通じよりアメリカを知っていこうと企画された“Brilliant People” 輝いている人!

第40回目に登場いただくのは
マクロビオティック・ナチュラルライフ・カウンセラー鈴木 さなえさんです。

−経歴−

1979 年 高校卒業後、ロサンゼルス(マリブ)のペパーダイン大学に留学
1993 年 子宮癌と告知される
1995 年 「 East West Macrobiotic Center 」でマクロビオティックスの料理資格取得。ヘルスフードスーパーマーケット
      「 Erewhon Natural Foods Market 」にマクロビオティックコンサルタントとして勤務。
1998 年 マクロビオティック研究機関、久司インスティテュート修了
2001 年 交通事故で大怪我を負って臨死体験
2004 年 仕事に復帰。マクロビオティックス教室を主催し、講演活動も頻繁に行っている。

現在、カリフォルニア州、サンタモニカ市在住


最近日本でも話題のマクロビオティックスですが、どんな健康法なのですか?


マクロビオティックスとは本来食事だけではなく生き方全体をさしていますが、食事についてだけ簡単に説明すると、「四季を通してローカルな地元のものを伝統的に食べていく」人間にとって必要な食べ方ということになると思います。

中心になるのは玄米などの全粒穀物と野菜と植物性食品で、動物性食品や、砂糖などの精製された食品はできるだけ食べないようにします。

健康を維持できる自然な食べ物(マクロビオティック)に変えると身体が変わり、健康になる。健康になると心がハッピーになる。フィジカルなところから入って幸せになり、最終的にはスピリチュアルなところにまで到達できる。それがマクロビオティックスなのです。

さなえさんのマクロビオティックスとの出会いについて教えてください。

私は 1993 年に子宮癌と診断されました。その時はもうステージ3という、とても危険なレベルまで癌がすすんでいました。でもアメリカの医療保険に入っていなかったので、手術もキモセラピーも受けられませんでした。

当時、日本の実家もいろいろと大変な時期で、帰国して治療を受けるという選択肢もありませんでした。その後半月は完全に寝たきりで弱りきって、「私はこのままだと死んでしまう」と考えていました。

以前からヘルスフードには興味があり、マクロビにも興味を持ってヘルスフードの店に時々通っていたのですが、そんな時、その店の人が「マクロビをやってみたら?」と勧めてくれたんです。
英語に「 Nothing to lose 」という言い方がありますよね。まさにその通りで、もう失うものは何もなかった。だからマクロビオティックスを真剣にやってみることにしたのです。

病気にかかってからは、仲の良かった友達で離れていってしまった人もいました。癌になって病院にも行かずにおかしな食事療法をしている、と思われたのでしょうね。病気も辛かったけれど、それも辛かったですね。

食べ物が人と人をつなぐ事が多いでしょ、一緒に同じものを食べられなくなってしまったわけですから。でも友人の何人かは今ではマクロが大好きで、うちに来る度に「おいしい、おいしい」と食べていきますよ。

回復の確かな兆しが見えるまで、一年かかりました。
とうとう手術もキモセラピーも受けず、現在に至っています。

だんな様のエリックさんはマクロビオティックスペイストリーの本も出されているシェフだとおききしています。エリックさんとは、やはりマクロビオティックスを通じて出合ったのですか?

そうではないんですよ。はじめは二人ともマクロビとは関係なかったんです。エリックと出会ったのは今から15年前。メキシコのクラブメッドで開かれたセミナーに参加したときに、彼はそこのエクゼクティブシェフをしていたんです。

エリックがマクロビ料理をするようになったのは私の病気がきっかけです。私が病気の間、エリックはレストランでの勤めから帰って来て、マクロビのヒーリングフードを作ったり、マクロビの療法を施してくれたり・・・。一年間はとても長く、大変でした。

その後マクロビオティックスのコンサルタントにはどのようにしてなられたんですか。

まずイーストウエストマクロビオティックセンター( East West Macrobiotic Center )でマクロビオティックスの料理の資格をとりました。その頃はまだ完全に回復してはいなかったのですが、身体を直しながら通っていたんです。

その後、 Erewhon Natural Foods Market というウエストハリウッドにあるヘルスフードスーパーでマクロビオティックコンサルタントになりました。これまでなかったコンサルタントのポジションを提案して、採用されたんです。

Erewhon に行って買い物しているとお客さんから「これはどうやって使うの?」という質問を受けることが多く、どうして使い方を説明する人がいないのだろう、といつも疑問に思っていたんです。そんな時に、 Erewhon で働いている人から「ここで働く気ない?」と声をかけられ、「それは最高!」と答えました。

何をやりたいかときかれたので「マクロビオティックコンサルタントをやりたい」と言ったら、「それをアイデアとして書いて。マネージャーにきいてみるから」と。すぐにインタビューされて、採用されました。クッキングクラスやお客さんにマクロビオティック食品を紹介したりコンサルテーションが主な仕事でした。

マクロビ界では最も有名な久司インスティテュートの資格もとられたんですよね。

イーストウエストマクロビオティックセンターも久司を卒業した先生がやっていたので内容は似ていたのですが、久司で本格的な資格もとりたいと思っていました。そこで Erewhon での仕事の合間をみてクシ・マクロビオティック・サマーコンファレンスなどに参加し、 98 年に久司インスティテュートから修了書をもらいました。

それに Erewhon に勤めている間にヨーロッパを2ヶ月間、マクロビのセンターや先生を訪ねて回ったこともあるんですよ。「 2 カ月も休むなら仕事を辞めてもらう」と言われたので、「それなら辞めます」と答えました。

私はマクロビをやるようになってからびくびくしなくなったんですよ。やりたいことが少しずつできるようになり、ダメならダメで仕方ないと分かるようになった。それで辞めると言ったのですが、翌日仕事に行ったら「辞めなくていいよ」と。

あのマドンナのマッサージもしていらっしゃったそうですが?

私はマクロビ療法の一つとして、マッサージもしています。ある日、電話がかかってきて「今からマドンナのマッサージに来てほしい」といわれました。でも夜の 10 時近かったので、断ってしまったんです。「あんな有名な人のお誘いを断ってしまって・・。もう二度と声がかからないよ」と友人に言われたんですが、翌日ちゃんともう一度電話が合って、マッサージにうかがうことになりました。

その直後にエリックがマドンナさんのプライベートシェフとして雇われることになり、二人で一緒に通っていた時期もあります。私たちが 2 年ほど前に結婚した時には、マドンナさんにも結婚式の招待状を出し、ギフトを送っていただきました。それに対してお礼状を書いたり、彼女の誕生日にはメールを出したり。とても有名な人ですが、私は普通の人に対するように心から接しています。

病気がよくなり、仕事も順調だったのに、数年前に大事故に遭ってしまったそうですね。


交通事故に遭ったのは 2001 年。久司インスティテュートからの帰りでした。心臓が 3 分間以上停止していたそうで、その時臨死体験をしました。両足とも複雑骨折、もう歩けないし、左足は切断が必要とドクターに言われ。 1 年間は寝たきりで、トイレにも行けませんでした。

その後も 2 年間は車椅子で、起き上がるのもせいいっぱいでした。 2 年ほど前からエリックの仕事を手伝い始め、また奇跡的にも歩けるようになりましたが今でも3枚の鉄板と 13 本のネジが足を支えてくれています。

それは大変でしたね。

でも私は死に近い体験を通じて、以前よりも大きな生を得たと思っています。私は「病気になって本当によかった」と思っているんですよ。治ったからそう思えるのかもしれませんが・・・。

病気のおかげで、マクロビに真剣に取り組むことができました。私は絶対に治ると誓い、信じ続けてきました。死ぬような目に何回遭おうと絶対乗り越えられると信じてマクロビを続けてきたんです。

でもその一方で、死ぬことも受け止められるのです。だから精一杯生きる。今日が最後の日でもいいように、努力して一生懸命生きているのです。

今は毎日がとても幸せです。「私がこんなに幸せでいいのかしら」と思うほどです。確かに昔はファーマーズマーケットまで歩けましたが、今はもうそんな長距離は歩けません。それは不便ですが「不便だ」ということと「不幸だ」ということは関係ないと思います。人は不便でも幸せになれると思いますよ。

でもマクロビ的な生活をしていても、いつも常に楽しいとは限りません。浮き沈みがあるのは当然です。でも楽しくないことも受け入れられる。そういう時期は「あ、楽しくない時期がきたんだな」と思って受け入れるんです。

今の活動について教えてください

エリックと一緒にコンサルテーションやクッキングクラスをしたり、講演活動をしています。つい先日まで日本に行っていたんですよ。日本では9ヶ所で講演してきました。ものすごく遠くから来てくれた人もいて、びっくりしています。雑誌などのメディアにも大きく取り上げていただきました。

クッキングクラスは主に自宅でやっています。今やっているクラスは時間は普通は朝 10 時半から 1 時半までの 3 時間で、テキスト代・材料費込みで一回 80 ドル。 12 回が 1 シリーズですが、 1 回のみのビギナークラスもあります。

来年の 2 月をめどにエリックとの共著で「 Love, Eric & Sanae 」というマクロビオティックス料理の本を出版する予定です。

習い事はなんでもそうかもしれませんが、始めは楽しくてがんばるのですが、そのうちやらなくなってしまうことが多いのです。そこでこの本では私たちが10年以上やってきているマクロビオティックのお料理普段食食べているものを紹介することにしました。

私たちもストレスなども感じる忙しい生活をしていますが、この本はそういう人のためのマクロビ料理の本です。簡単な料理もたくさん紹介していますが、時間があるときにゆっくり二人で作るような料理も含まれています。

ヨセミテにペンションをオープンするそうですが

ヨセミテの近くの North Folk という村に、マクロビオティックスのベッド&ブレックファーストを作る計画なんです。来年の夏にはプレオープンの予定なんですよ。

キャビンの近くには湖がいくつかあって小川が流れていて、オーガニック農場やリンゴ園もあります。泊りがけでマクロビを学んでもらえる、癒しの場になればと思っています。

インタビュー後記

さなえさんには、サンタモニカのご自宅でお話をうかがいました。庭の周囲は竹の生垣で囲まれ、市街地内とは思えないほど落ち着いた雰囲気です。ハーブの鉢植えがたくさん並んだパティオには子犬が2匹。さなえさんは犬が大好きで、犬のマクロビオティック食事法も指導していらっしゃるそうです。

普通の人にはとても想像ができないほどの試練を二度も乗り越えてきたさなえさんの言葉には、インタビュー中、何度も心を打たれました。死に近い体験を糧にさえしてしまう力強さを目の前にすると、私の日常のちっぽけな憂鬱など吹き飛んでしまいます。インタビューの中でも「今日が最後の日でもいいように一生懸命生きる」とおしゃっていますが、私自身もそのようでなければならないと強く思いました。

だんな様のエリックさんもとても優しい素敵な方です。数年前のことですが、当時「 M カフェ」というマクロビレストランに勤めていたエリックさんは、食物アレルギーを患う私の息子のために卵、牛乳、大豆、砂糖抜きのバースデーケーキをわざわざつくってくださったことがありました。

うちの子にはもったいないような洗練された味とデザインのケーキはパーティ当日大好評。あまりにも多くゲストに「このケーキどこで買ったの?」と質問されるので、エリックさんの名前と M カフェの電話番号を貼り紙したほどです。

マドンナやデュカプリオなどのセレブに愛されているエリックさんのペイストリーは、その後出版された「 Love, Eric 」という美しいマクロビペイストリーのレシピ本にまとめられています。

ノースフォークのペンション、本の出版と、新しい分野をぐんぐんと切り開いているさなえさん。これからの一層のご活躍を心から期待しています。お土産にいただいたノースフォークのリンゴ、とってもおいしかったです。 

今回はお忙しいところお時間をいただき、大変ありがとうございました。


取材・文/ Yukari Travis  写真/ Sachi Kato 他
鈴木さなえさん連絡先: lovemacrobiotic@yahoo.co.jp

「 Love, Eric 」ホームページ:  http://www.loveeric.net/

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