おでかけ.US
暮らしの情報館
生活
働く
駐在員情報
電話帳
おでかけ情報
アミューズメント
鑑賞
スポーツ
観光・見所
トラベル
レストラン
ショッピング
便利情報
ガイド
オンラインストア




 アメリカで輝いている人 VOL.33
 丹羽 筆人 さん (MR. FUDEHITO NIWA) 
 
米日教育交流協議会 (UJEEC) 代表
 
アメリカで活躍されている方々にインタビューをし、その人の活躍の場、内容、素顔を通じよりアメリカを知っていこうと企画された“Brilliant People” 輝いている人!

第33回目に登場いただくのは米日教育交流協議会 代表の 丹羽 筆人 さんです。

丹羽さんは米日教育交流協議会を今年設立され、日本とアメリカの交流を教育という立場で促進していくために様々な活動をされています。

−経歴−

1961年 岐阜県出身
1980年 岐阜県立岐阜北高校卒業
1984年 愛知大学文学部史学科卒業
      学校法人河合塾幹部職員として大学進学指導および大学進学情報誌の編集に携わる
1999年 8月渡米 シリコンバレー 在住
2002年 ニュージャージ州 在住
2005年 ミシガン州 在住
2006年 1月に「米日教育交流協議会(UJEEC)」を設立

現在は日本語補習校の講師として日本語による社会科・国語科教育を実践。国際大学連合顧問委員会役員。

現在ミシガン州デトロイト郊外に奥様とお子様とお住まい


何時頃から教育関係の仕事に就こうと思っていたのですか?

何かなりたいものがあるというよりは日本史を勉強したいという思いが大きかったですね。大学受験の時も親や先生からは経済学部や法学部へ行けという声もあったのですが、4年間何を勉強したいかと自問自答した時に日本史を学びたいという気持ちが強かったですね。

それで愛知大学文学部の史学科に進まれたのですね

はい、そうです。就職の時も勉強した事を生かしたいと思い、教育関係の仕事に就きたいと思っていました。

教職に就かずに河合塾に就職されたのは?

大学3年生の時にチューターとして河合塾で教える機会がありました。私は浪人経験がなかったので予備校に行った事がなく河合塾という存在を知って面白いと思ったのです。 教員という道もあるけど、教えるという意味では同じではないかと思いました。

実際にいくつかの私立学校からもお誘いを受けましたが、教員として一校で一生を終えるよりは色々な面白い道もあるのではないかと感じ、そのまま河合塾に就職する事になりました。

河合塾ではどのようなお仕事をされていたのですか?

大学受験生や高校の先生向けの「栄冠めざして」という大学の偏差値データや学部・学科紹介を掲載した進学情報誌の編集に携わっていました。この業務に10数年関わっている時に、帰国子女向けのコースを作ることになり、その支援のための情報誌「栄冠めざして」海外帰国子女版の創刊号の立ち上げを行いました。

その頃の僕にとって海外に住んでいる日本人は身近ではなかったので、この仕事が海外との初めての縁でしたね。その頃は少なかった帰国子女向けの本格的な受験情報誌でしたから、結構役に立ったのではないかと思います。


情報誌の編集業務を通して海外との接点が出来たのですね

その後海外絡みの仕事への関わりが大きくなり、日本の子供たちを海外へ送る留学事業を新たに立ち上げ、イギリスやアメリカの大学への留学のお手伝いをしました。夏休みを利用して英語や異文化体験をしてもらおうと海外サマーセミナーを企画し、中学生や高校生をアメリカやイギリスに送ったりもしました。今僕がここでやろうとしていることの逆をしていたわけですね。(笑)

アメリカに来るきっかけは何だったのですか?

留学事業をやっている時に僕の中では海外で活躍したいという気持ちが膨らんできたんです。7〜8年くらい高校を卒業した生徒をイギリスの名門校や国立大学の方へ送っていたのでアメリカよりはイギリスとの関わりの方が深く、縁も出来たのでイギリスに身を移して仕事をしていこうと思っていました。

しかし、これも縁だと思うのですが、そんな時に永住権が当たりまして..

アメリカに来る事に対して不安や反対はありませんでしたか?

ありましたね。日本では渡米に対しての反対も多かったです。イギリスの縁を頼っていった方が早く楽に仕事が出来たと思いますが、永住権が当たってアメリカに永住するチャンスが巡って来たわけですから、自分ひとりの力でやっていくのも面白いのではないかと。今から思えば小さな子供を連れて何も知らない国へ行くというのも無謀でしたよね(笑)

はじめからミシガンに来られたのですか?

いえ、今から7年前の99年に渡米したのですが、その時はシリコンバレーに行きました。西海岸の方が日本人も多く、ビジネスチャンスがあるのではないかと思い、当時一番活気のある街を選びました。

シリコンバレーでの生活は如何でしたか?

毎年毎年景気が良すぎて世界中から技術者が集まって来ましたから家賃が高騰してしまって大変でした。景気が良いので仕事はいくらでもあるのですが、住む所がない。職を持ったホームレスが沢山いた時ですね(笑)

家賃は本当に高かったですね。毎年30〜40%くらいの値上がりがあったように記憶してます。渡米前は2ベッドルームで$600から$700程度だと聞いていたのですが、実際は1ベッドルームで$1,200 ちょっと綺麗な所だと$2,000 ボロボロの2ベッドルームで$2,500 くらいはしましたね。

西海岸ではやはり教える仕事をしていたのですか?

サンフランシスコで代理教員として少し教えていましたが、残念ながら教育の仕事は出来ませんでした。シリコンバレーは家賃が高騰していましたので皆さん家探しには苦労していましたので、そのお手伝いをしようと不動産の仕事をしました。

初めての不動産ビジネスの世界でしたから色々と戸惑いもありましたが、やはり日本人の方は共通の悩みや好みがありますので、どのあたりの治安や教育レベルが良いなどを良く調べてお勧めするようにしていました。

その後NYへ行かれたのですか

はい。NYのある学習塾から声が掛かって9・11の翌年2002年の春に家族揃ってNYへ移りました。子連れだったので10日間程かけての大陸横断でした。普通はもっと早く移動できるそうですね(笑) 

この時ほどアメリカの大きさを実感した事はありませんでした(笑) 走っても走ってもまだ着かない。地図を見ながら 「こんなに走ったのにまだココ?」 何て感じですよ(笑) NJを拠点にNYに展開している塾で3年程働きました。

NY・NJは西海岸とはまた違った環境で面白かったのでは?

そうですね。住むのは西海岸の方が天候にも恵まれていますし良いような気がしますが、やはりニューヨークは日本人も多く世界の中心ですから活気がありますね。文化・芸術の面ではNYは素晴らしいですね。

ただ買い物などに行った時の西との対応の違いにはびっくりしました。最初西海岸の明るいのんびりした雰囲気に慣れていましたから、ニュージャージのスーパーのレジなどでも店員がブスッとしていてショックを受けました。ヘラヘラして舐められてはいけないと言った厳しい雰囲気を感じました。

教育レベルでは如何ですか?

公立学校の授業時間を比べただけでも東海岸のほうが長く、その他の面でも充実しているように思われます。

個人が教育にお金をかける傾向は東海岸の方が強く、大学に目を向けても西海岸や中西部では、UCLA、UCB、ミシガン大のような名門公立大がありますが、東海岸では私立大が強いという傾向があります。

私立はご存知の通り金額的に高いですから、経済的な裕福層が多い東海岸に集中するように思います。

州によって教育、学校レベルは違いますか?

ミシガンなど中西部は完全に住み分けが出来ていて、例えば NOVI や BLOOMINGFIELD などの高級住宅地のエリアはどの学校区でもハイレベルです。しかし、シティによってはレベル的に低いところもあり両極端になっています。

西海岸では同じ学校区の中でも通学圏によっては良い所、悪い所があり学校選びが難しいです。NYはもっと細かくヴィレッジやボロ、タウン等小さな区分けになっていて、その違いが分かりやすくなっています。

アメリカはハイスクールまでが義務教育になっています。プロパティTAXで学校運営がされていますので、高級住宅地の方が高収入者が多く集まり学校区も良い。お金持ちが住む=土地が高い=学校教育のレベルも高いという図式が成り立ちます。

日本人は経済的に恵まれている人が多いですから、公立学校でも良い教育を受けるチャンスは多いですよね。南米からの移民など経済的に貧しい人達が多く集まるエリアはやはりレベル的に高くない。アメリカの現状ですね。

米日教育交流協議会について教えてください

日本とアメリカが交流する為の様々な活動をしていく事を趣旨として2006年1月1日に米日教育交流協議会(英語略称UJEEC)を設立致しました。

日本語や日本文化に関心がある人々のために日本で学ぶための機会、アメリカに関心のある日本人のためにアメリカで学ぶための機会をつくり、米国と日本とをつなぐ架け橋となり双方の人々が交流することは、未来の日米関係はもちろん、国際社会全体にとって重要な課題であると考えています。

国際大学連合の顧問委員会役員もされていますよね

はい。IFU(International Federation of University)と呼ばれるイギリスやアイルランドを中心とした大学留学を支援する組織です。University of St.Andrews , University of Wales, Trinity College 等へ生徒を送っています。イギリスにはこの組織があるので、私はアメリカでUJEECを立ち上げて、今後は協力していこうと考えています。

日本の山村での体験プログラムを企画されているとの事ですが

この夏「サマーキャンプ in ぎふ」という日本語学習プログラムを企画しています。これはアメリカでは体験することのできない日本の自然、文化、歴史を心と身体で感じて、日本語や日本文化を習得させようという目的で独自に開発したプログラムで行うものです。

日本の山村の生活を通じて、日本の本当の良さを味わってもらいたいと思います。なお、この企画の日本での活動は岐阜県のNPO「校舎のない学校」に協力してもらっています。

将来の夢は?

今年自分の組織を立ち上げましたので、日米の教育交流を主軸に様々な活動をしていきたいと思っています。まずは今年のサマーキャンプ in ぎふで日本への送り出しを成功させたいですね。そして、次は日本の子をアメリカへ迎える。

お客様的に勉強する程度のものではなく、アメリカ人の中に溶け込ませるためにアメリカの子供達が中心となって参加するキャンプに合流させたり、アメリカの子供達を日本に送り出したり。最初の1年は苦しい展開になるでしょうけど、やはり始めたからには成功させたいですね。

最後にアメリカ大陸を横断されて、お薦めのスポットがあればご紹介ください

そうですね。住めば都でどこも良い所がそれぞれありますからね。東はオペラやショーなど芸術面では素晴らしい所が沢山ありますね。それとマンハッタンの活気ですね。西の大自然も凄いです。デスバレーは感激しました。恐ろしい程過酷な自然というかスケールの大きさ、大自然を肌で感じる事が出来ます。

中西部は一番安心してほっと出来る場所ですね。日本人から見るとシカゴはアルカポネのイメージなどがあり、危険なのではないかと思われていたり、デトロイトも20数年前の悪いイメージが染み付いているかも知れませんが全然違いますね。安心して生活出来る、暮らしやすい所ですね。カナダも近いので自然も満喫出来ます。


本日はご多忙の中、貴重なお話を聞かせて頂きまして有難うございました。

インタビュー後記

今回は今年国際教育交流活動を行う米日教育交流協議会を設立された丹羽さんにお話しをお伺いしました。

お時間のない中ご無理を言ってインタビューをさせて頂いたにもかかわらず、ゆったりと落ち着いた口調で色々なお話しをお伺いさせて頂きました。次のスケジュールに遅れてしまいご迷惑をお掛けしてしまうのではないかとハラハラしてしていたのは私だけだったようです(笑)

丹羽さんは教育の仕事に従事される事が本当にお好きな方なのだと思います。シリコンバレーでは一時不動産のお仕事もされていたとの事でしたが、やはり教育に絡めて学校区の良いエリアや教育レベルの高さなどを調べて物件をご紹介していたとのエピソードもあり、どんな職に就かれても教育というフィールドの中にいる方なのだと思います。

永住権が当たった事がきっかけとなり、今まで仕事をしてきたイギリスではなくアメリカに。小さなお嬢様を連れての渡米は大変な事だったと思います。

アメリカで国際交流という素晴らしいフィールドで起業され、日本とアメリカの掛け橋となる米日教育交流協議会を設立された丹羽さんの今後のご活躍を陰ながら応援させて頂きたいと思います


お忙しい中お時間を頂き、大変有難うございました。

                                                      小坂 孝樹
関連リンク

米日教育交流協議会  http://www.ujeec.org/

BACK NUMBER

会社概要 | 採用 | リンク | 広告掲載 | 著作権 | ヘルプ | お問合せ

本サイトの無断転載を禁じます。
© ODEKAKE.US. All rights reserved.