おでかけ.US
暮らしの情報館
生活
働く
駐在員情報
電話帳
おでかけ情報
アミューズメント
鑑賞
スポーツ
観光・見所
トラベル
レストラン
ショッピング
便利情報
ガイド
オンラインストア




 アメリカで輝いている人 VOL.31
 梶野 純子 さん (MRS. JUNKO KAJINO) 
 
映画監督
 
アメリカで活躍されている方々にインタビューをし、その人の活躍の場、内容、素顔を通じよりアメリカを知っていこうと企画された“Brilliant People” 輝いている人!

第31回目に登場いただくのは女性映画監督 梶野 純子 さんです。

梶野さんは Homesick Bluesで IFP (Indepedent Feature Film Project) シカゴ部門のベストフィルム賞を受賞
女性映画監督としてご活躍です。
現在はご主人であり、パートナーでもあるエド・コジアースキーさんとシカゴダウンタウンにお住まいです。

−経歴−

1974年 長野県出身
1995年 社会事業大学 入学
1996年 大学中退後 渡米
      オハイオのプライベートカレッジに入学
1997年 ED RADTKE 氏に師事
1998年 コロンビアカレッジ 入学
2000年 卒業後 自主制作映画に取組む シカゴ在住
2004年 HOMESICK BLUES で IFP シカゴ部門のベストフィルム賞 受賞

現在シカゴ市内にお住まい

映画監督になろうと思ったきっかけは何ですか?

私は公務員の家庭で育ち、年寄りも多かったし福祉の勉強をしようと東京の社会事業大学に入学しました。映画は漠然とはやってみたいなぁと思っていましたが、それ程真剣に考えていたわけではないですね。 家にはテレビがなかったので大学の図書館でビデオを借りては映画を観ていました(笑)

アメリカに来たのは映画をやりたいという強い意志というよりは、何か自分を変えてみたいと思ったからですね。それで1年で大学を辞めて渡米しました。

初めから映画を勉強する為にアメリカに来たわけではないのですか?

そうですね.. 初めはオハイオにあるプライベートカレッジに入ってコミュニケーションを専攻しました。アートとか映画、テレビを勉強するのですが、その前に英語が得意だったわけではないので語学の勉強が大変でしたね(笑)

それでは映画監督になろうと思ったのは何時頃からですか?

プライベートカレッジで勉強している時に INDEPENDENT FILM(自主制作映画)に出会って、その時本当に星を見たって感じで、これだって思ったんです。 それで映画の大学に行こうと決めて電話をしたらED RADTKE を紹介してくれて弟子入りしたんです。彼は今NYで活躍していますね。

弟子入りして修行時代は如何でしたか?

もう地獄でしたよ。最悪! 2度とやりたくないですね(笑)映画の勉強以前に語学の問題もありましたが、弟子というよりお手伝いさんですね。監督にコーヒーを出したり、皿洗い、挙句の果ては監督の下着の洗濯まで..  松竹や東映などの大手でも弟子の時代は厳しいのだと思いますが、随分こき使われました(笑)

その反面小さな映画制作だったのでリクエストをするとすぐにやらせてもらえるといった点では仕事に携われる時間が多くて勉強にはなりました。役者の周りで働きたいと言えば、そうしてくれるし、映画をつくる機材、カメラなどはとても高価なものなんですが、手で触らせてくれたりと全てにおいて早く学べたのは嬉しかったですね。

修行時代の何かエピソードなどありますか?

いっぱいありますよ(笑) それに沢山恥をかきましたね。知らない事が多いので間違いをいっぱいしてしまいます。こっちの人は平気でゲラゲラ笑いますから、とっても恥ずかしかったですよ。特に英語が達者じゃなかった頃は電話に出るのも、かけるのも嫌でしたね。でも人手もないから猫の手も借りたいという事で私も電話にでなくてはならなくなっちゃって.. 

必ずFAXナンバーを聞けと言われていたのですがファックスの発音が可笑しかったんですね。ほら、ちょっとマズイ言葉に近いじゃないですか。それを言う度に皆に笑われるし、電話の相手にも笑われて 「What's your name, girl ?」 何て言われちゃうし.. だから悔しくて家に帰って一所懸命練習するんですよ。ファックス、ファックスって。でもまた電話に出ると可笑しな発音になっちゃう(笑)

インディペンデント映画の魅力って何ですか?

共同作業でたくさんの芸術が一つの作品になっていくのが感動のプロセスですね。アートあり、絵、映像、音など芸術が圧縮されて、そしてビジネスもあって映画の中に全てがあるのが面白いです。

やはり皆映画監督になりたいと思っているんでしょうね。

そうですね。監督になりたいと思っている人は多いと思いますが、映画製作にはプロダクションマネージャーやカメラ、サウンド、デザイン 日本では大道具ですかね.. 脚本やプロデューサーなど色々な仕事がありますから。

映画監督という仕事は具体的には何をするのですか?

監督はやはりアクションから最後のカットを言うまでの仕事なんですが、インディペンデントの場合は脚本も書きますし、映画を作る前にスタッフや役者さんなど人の手配からお金の手配.. 脚本から配給まで全て自分で色々とやらなくてはなりません。資金集めや人集めが本当に大変です。

でも自分の作品にオリジナル性があると信じて、ヒットして配給があると思って頑張るんです。 スピルバーグのように有名ではないですから人を集めるのも大変です。自分にあった人間に会ったり、探したりして共感してくれる人を募っていきます。デシジョンの仕方、映画を分かっていてセンスのある人は、やっぱり高くなっていくので採用も難しいんです。コーヒーカップ一つにしても、それを選ぶセンス、運ぶセンスなど小さなミクロの世界でのアートがあります。

センスは生まれついたものなのですか? 勉強して身に付くものですか?

う〜ん.. 難しいですね。ただストーリーのアイディアや脚本など、その作品をどれだけ愛しているか、愛せるかが大きな問題になると思います。

脚本を書いている間にフレーム、フレームが次々に浮かんできます。浮かんできたフレームが残っていかないと、それは良くないものなんです。だからイメージの練習ですね。自分の思い描いたイメージをちゃんと伝えていく。

私のイメージした脚本が人に伝わる、スタッフに、役者に。そして最後は観客にそれが伝われば素晴らしい事ですね。プロセスが途中で折れてしまうと良くない映画になってしまいます。

インディペンデント映画は何分くらいの作品ですか?

今作ろうとしているのは長編なので100分くらいです。だから脚本も100ページくらいになっています。長編は最低でも70分は必要です。

費用はどれくらい掛かるものなのですか?

これは本当にピンからキリまでですね。映画の内容にもよりますが、最近はデジタルが進化しているので随分安く制作出来るようにはなりましたが、それでも最低100万円はかかりますね。 5,000万から1億円何ていう作品も沢山あります。今作ろうと思っているのは1,000万から2,000万くらいで考えています。

コストはどのように算出されるのですか?

脚本を分析する仕事があるんです。これも自分でやるんですけどね(笑) 例えばコーヒーショップを使うシーンがある場合、何処の場所をどれくらいの時間借りるかとか、材料をはどれを使うか、役者さんは誰を、カメラの機材は35mmか15mmかアニメかデジタルかなど、自分達が何を求めているかによって変ってきます。

その費用はどこから出るのですか?

お金のある人なら誰でも歓迎です(笑) 企業にも声をかけますが、アメリカにはそういう事に投資をする事が好きな人、個人投資家が結構いるんです。少しの人から大きな資金を出してもらう事もありますし、問題意識を持った作品などは沢山の人から小さなお金を出してもらってというケースもあります。

HOMESICK BLUES は15分の短編ですが、自腹です (まだ借金があります!!) 。 お金が集まらない場合は、例えば車を使うシーンがあったとしたらタダで車を貸してくれる人を探す。得意の電話を使って(笑)

でも投資してもらったからには返さないといけないですから。上映して収入にならないと利益が出ないんです。殆どの場合配給会社に売りますので、投資してもらった分は払えるのですが、その後上映して1本ずつ入るお金がプロフィットになっていくのです。だからヒットして有名になると良いんですけどね。

HOMESICK BLUES でシカゴ部門ベストフィルム賞を獲得したのは有名になるという点でも良かったですね。

本当に良かったです。この作品が賞を頂いた初めてのものですから嬉しいです。この作品は99年くらいからパートナーのエドと構想を練ってきました。今までアメリカで会ったきた人達の集大成とも言える作品です。

言葉が通じなくても歌(何か)を通して直接のエモーションを表現出来る、アメリカで頑張れるという事を今いる日本人に、そして次にアメリカに来る日本人にもこうあって欲しいという願いを込めて、伝える事が出来ればと思っています。

あらすじは大阪生まれの少女がブルースを歌うという夢を持って、ブルースの街シカゴに飛び出すというもので主演は大阪出身のシンガー・Zoeyです。主人公には夢があった方が良い、夢を持ってアメリカに来るという事でブルース。そしてブルースと言えばシカゴ。音楽はSHUN(菊田俊介)さんにお願いしました。ブルースと日本人というミスマッチが良いですよね(笑)

SHUNさんとは本当に気が合います。こういう世界では自分がどうしたい、こうしたいという主張をする人がとても多いのですが、SHUNさんは何も言わないで、ただ内容を聞いてくれていただけなのに、翌日には自分達がイメージしていた通りの期待以上のミュージックを作ってくれました。

やはり1つの作品を完成させる為に、かなり意見がぶつかりますか?

それは凄いですよ(笑) 脚本から一字一句 セリフの一つまで最初から一緒に書いていきますから、言い争いというか本当に意見のぶつかり合いですね。彼はアメリカで育ったアメリカ人ですが、政治に対する反発もあったり、ミリタリーに対する考えもあります。

私がこういったイメージでと言うと 「それは日本から見たアプローチだから、それじゃ伝わらない」 と言われ、アメリカ人にも含めた全ての人達に分かってもらう作品にする為に、違った意見がぶつかって納得するまで、二人のアイディアがマッチして共感が出来ると思うまで終わらないですね。妥協をしたくても出来ないんです。こういうのって損をするのかなぁ〜

大きな商業的なテンプテーション、お誘いもあるのですが、作品を考えていくとそうはいかない、絶対出来ないと思ってしまうんです..

現在パートナーであり、ご主人でもあるエドとの出会いを教えてください

オハイオの小さなプライベート大学にいた時 1997 〜 98年頃ですね、映画製作を通じて出会いました。最初は共感するどころかコミュニケーションも上手く取れないし、彼も忙しかったから.. 

こんな事を皆さんお話しになるか分からないのですが、最初は彼のルームメイトが好きだったんです(笑)彼はサウンドを担当していたんですが、付き合っていくうちに違いを感じて、エドの方が気が合う事に気がつきました。

今制作されている作品は何ですか?

OKINAWA PROJECT という ちょっと難しい問題を題材にしています。アメリカ兵に暴行を受けた日本人女性の10年後の話しです。ひょんな事からレイプ犯であるアメリカ兵士の息子を誘拐する事になってしまった主人公の女性。この主人公と息子を中心としたストーリーです。

彼女も深い傷を負って、その時から時が止まっている。そんな事を知る由もない15歳の少年に伝えていく事で少年は学び、主人公は心を開いていき理解し合っていくという内容です。

この作品は長編で考えています。Homesick Blues も長編で考えていたのですが、まずはデモ版を作ってみて、それがたまたまベストフィルム賞を頂いたので続編も作りたいです。今続編の製作において大手と話をしいる段階です。

梶野さんの映画製作におけるコアな部分には何があるのですか?

違った環境にいる人間が理解し合えるものは文化、政治、色を越えて伝えられる。エンターテイメント、アートを通してそういった事を伝えられたらと思っています。特に若い世代の人、そういった現実を知らない人達に伝えていきたいです。

大きな政治というレベルではなく、グラスレベルと言うか下から持ち上げるような影響を与えられればと思っているんです。映画って主人公を通して、その人に共感して自分が体験したような気持ち、意識を伝える事が出来ると思うんです。そこが映画の素晴らしいとことだと思います。

成功の秘訣を教えてください

う〜ん、何だろう。パッション、情熱ですか? あきらめない事。才能があるかないか何て関係なく、常に最高のパッションで臨んでいく事。そうすると人は動かされるのだと思います。作品を通して感情、パッションが伝わるのかなぁ。

将来の夢は?

アメリカという大きな力を借りてアジアに訴えていきたいですね。ハリウッド映画のようなフォーミュラーな映画 ヒーローがいて敵を倒すといった売れる映画じゃなく、映画の中に悪者はいない、悪はない、といった違う視点で特定の白人だけで作られた映画じゃない、そんな映画をメジャーにして一つの新しいジャンルとして確立したいですね。

私は映画はエンターテイメント性が絶対必要だと思っていますからパーソナルに政治問題をガアガア言うんじゃなくて、色々な環境の中で生きている、個性があって人間関係があってバックグラウンドに政治が見えたり。

そしてベネフィットも出せて、協力してくれた人達にちゃんと払えるような映画を作っていきたいですね。俳優に何億円ものギャラは必要ないですが、それは映画を作る人の責任だと思うんです。ずっと映画に携わって生きていきたいです。

最後にお薦めスポットを教えてください

PILSONって知ってます? 18TH /HALSTED あたりチャイナタウンのちょっと西のメキシカンが多い賑やかでカラフルな小さなメキシコといった街です。アップカミングなアーティスト、これからの若いアーティスト達が集っています。ギャラリーや音楽、劇などがあって、レストランも沢山あります。何をしても安いし、常に芸術的な事がおこっている才能のある街です。

夜はちょっと危ないですかね。私も車の窓を割られたり.. 何で私の車.. 何も取るものなにのに(笑) でも電車を使えば問題ないし昼間は大丈夫。

映画のお薦めはパラダイス・ナウが良いですね。イラクにいる普通の若者、フリーターのような若者が自爆テロをする事になって、それを実行するまでのお話しなんですが、途中で止めちゃうんですよ。政治問題や死を題材にしているんですが笑えるのに考えさせられ、とてもショッキング・・・ 国際映画祭でやっていました。

それと同じく国際映画祭でやっていたトッツィ。ご存知ですかね。アフリカである女性が敵を殺して車の盗んだら、トランクの中に赤ちゃんがいた。ここからドラマが始まるといったものです。今はビデオなどで観られるじゃないですかね。

本日はご多忙の中、貴重なお話を聞かせて頂きまして有難うございました。

インタビュー後記

今回も素晴らしい女性に出会いました。

映画に対する情熱、信念がしっかりしていて、笑顔が絶えない。アメリカに来て語学の問題も含め色々なご苦労があった事と思います。その苦労を笑顔で乗り越えながら IFP のシカゴ部門でベストフィルム賞を受賞。努力が報われた瞬間だと思います。

HOMESICK BLUES はアメリカで会った人達の集大成とおっしゃっていましたが、ご自身も含めて異国で頑張っている人達、これから夢を持ってアメリカに来る人達に何かを伝えたい。特に若者に問題意識を持ってもらいたいともおっしゃっていました。

DVDを頂きましたので早速拝見させて頂きました。デモ版とおっしゃっていましたが完成度は高く、15分程の短い時間の間に、その背景やアメリカに行くまでの悶々とした感情の移り変わりが良く伝わります。「アメリカだったらちょっと変っていても誰も何も言わない」 というセリフが興味深い。菊田さんのミュージックもとてもマッチしてます。主人公ヒロコがアメリカに行ってどんな風に変り、どんな活躍をするんだろうと続きが観たくなる作品です。

梶野さんは人が好きなんだなぁ〜と思います。大学で福祉の勉強をした事も、現在映画監督としてご活躍されている事もベースには 「人が好き」 というキーワードがあるように感じます。

アーティストらしい一面も覗えて、本当に素敵な女性にお会いする事が出来ました。梶野さんの作品がこれからどんどん制作され、ヒットしてインディペンデント映画がメジャーになり、新しいジャンルとして確立されます事を楽しみに応援しております。

お忙しい中お時間を頂き、大変有難うございました。

                                                      小坂 孝樹
関連リンク

Homesich Blues  http://www.homesickblues.com/

BACK NUMBER

会社概要 | 採用 | リンク | 広告掲載 | 著作権 | ヘルプ | お問合せ

本サイトの無断転載を禁じます。
© ODEKAKE.US. All rights reserved.