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 アメリカで輝いている人 VOL.21
 善元 孝祐 さん (MR. TAKANORI YOSHIMOTO) 
 
紅花レストラン本社 代表取締役副社長
 BENIHANA
INC. EXECUTIVE VICE PRESIDENT&C.O.O. 

アメリカで活躍されている方々にインタビューをし、その人の活躍の場、内容、素顔を通じよりアメリカを知っていこうと企画された“Brilliant People” 輝いている人!

第21回目に登場いただくのは紅花レストラン本社 代表取締役副社長の善元孝祐さんです。
善元さんは現在フロリダ州在住。昨年40周年を迎え全国100店舗を越える紅花レストラン及び系列店である HARU, RA SUSHI, SAMURAI , KYOTOの代表取締役としてご活躍です。
今回は紅花グループの経営戦略についてお聞きしました。

−経歴−

1945年 10月 埼玉県生まれ
1968年 ICU(国際基督教大学)教養学部卒業
1972年 渡米
      ルイジアナ州立大学(LOUISIANA STATE UNIVERSITY) 経済学 MA及び経営学・財政 MBA 取得
      チューレン大学(TULANE UNIVERSITY) 経済学 POSTGRADUATE STUDY 取得
1979年 紅花入社   
    
現在フロリダ州在住

紅花に入社したきっかけは?

ウォールストリートジャーナルに紅花の特集が掲載されていまして、確か1979年の6月14日だっと思いますが、ハードウィックとマネージメント契約をしたという記事でした。それを読んだ時に何かがおかしいのではないかと思い、学校を休んで紅花のマネージメントをやりに行こうと考え、手紙を書いたのが入社のきっかけですね。

当時まだ大学院に属する学生だったのですが、全ての単位を取得して論文を書くだけでしたので、1年程で復学する予定がそのまま紅花にいる事になってしまいました(笑)

学生の時に紅花に入社されたのですか?


そうですね。 LOUISIANA STATE UNIVERSITY のMBAを取得して、TULANE UNIVERSITY で DOCTOR DEGREE を取得する時にこの記事を見つけて、すぐに紅花にコンタクトしましたから。学校には随分迷惑を掛けてしまいましたね。

大学院生と先生の比重が1対6と非常に生徒が少ないクラスで、スカラーシップも貰っていましたから期待を裏切るような事になってしまいました。始めはそれ程長くはかからないだろうと思い1年間の期限をもらっていたのですが、1年のうちに2〜3回程催促の手紙をもらい、DOCTOR の論文を書く期限も切れてしまい、教授には随分怒られました(笑)

教授とは人間的な繋がりとしては全く問題はなかったのですが、やはり今思えば随分迷惑をかけてしまい申し訳ないことをしたなぁ〜と反省しています。

何がおかしいと感じられたのですか?

まず、マネージメントフィーに対する考え方、それと経営の仕方。例えば紅花とマネージメント会社の人間が一緒に出張に出る。その時のコストを全て紅花の経費として計上される。ジョイントコストに問題がある。これはおかしいのではないかと指摘をするとマネージメント会社の役員に怒られる(笑)

それに中堅のマネージャーが会社のためになっていなかったですね。マネージメント会社に良く見せようと従業員を犠牲にしておべっかを使うようになっていました。シェフが一番大切なのに中間がおべっかを使って、会社の為になっているといえるのか? こんな事がいくつも見受けられました。

創業者である青木さんがマネージメント会社に利用されている、この会社は損しているのではと感じたわけです。

すぐに提案は受け入れられたのですか?

やはりマネージメント会社の影響があり、はじめは当時あったニューオリンズのトレーニングスクールに行かされ、ヘッドクォーターには行けませんでした。結局マネージメント会社との契約が切れる時期にヘッドクォーターに召還されました。

ヘッドクォーターに行かれてまず何をされましたか

外食産業ですからいくつものレストランを展開しています。まずこれを統一していく。マニュアルを作り、リージョナルマネージャーの中でポリシィのくい違いがあったのでポリシィをしっかりと固めていきました。

またシェフに誇りを持ってもらう。内部的にはシェフなんていくらでもいるといった重きをおいていない風潮がありましたが、 あなた達が一番大事なんだと伝えていく事をやりました。

40年の歴史の中では色々な出来事があったと思いますが

そうですね、色々ありますね。1970年後半は脱サラしたり、学生が無銭旅行などをしてNYに渡って来ました。紅花で働けは食べる事にも困らないし丁度良かったんですね(笑) そうして集まった日本人がフロントやディッシュウォッシャーをやりながらマネージメントに上がっていました。

しかしある時そのラインが切れた。80年代後半のバブルが弾ける前あたりからアメリカに来る若者の層が変わりましたね。日本の方が裕福な生活となっていましたから、旅行も旅行会社を通さず自分でやってくる。紅花は働くところではなく食べに来るところになっていたんです。

1986年にはイミグレーションの締め付けもありました。11月6日以前は会社に対するペナルティがなかったのですが、それ以降アメリカで働く資格が必要になってきだんです。益々日本人が紅花で働けなくなってきました。

日本人が働けなくなって、どのような対応をされたのですか?

メキシコ、ベトナムの人達が来るようになりました。英語がしゃべれなければ紅花といった感じです(笑) 自然にタイ、メキシコ、ベトナムの人達がマネージメントに入るようになり、いつしか主流になってきました。一方法律も厳しくなり、ディスクリミネーションの問題も出てきました。

シェフのトレーニングはどのように?

それまでは野菜のポーションは一掴みなどと曖昧なものでしたから、何オンスときっちりと決めていきました。このようなマニュアルをしっかり作る事によってシェフによっての料理のばらつきがなくなります。

そしてシェフの中間所の上部5〜6人を引っ張ってきてトレーニングをし、チーフシェフに育てていくリージョナルシェフ制度を作りました。クッキングスタンダードですね。1990年〜92,3年頃にこの体制を完成させました。

オペレーション、マネージメントの方は如何ですか?

20年前のマネージャーは100のうち85をフロントでマネージメントの仕事をしていました。今はシステムも随分変わり複雑になっている事もあり、40%はペーパーワークやPOSなどの事をしなければならず、本来のマネージメントらしくない仕事をしています。ですから基本的なサービスが欠けて来てしまっているのです。

会社としてはこの負担を取ってあげる事が重要です。例えばフードやベバレッジをマネージャーがオーダーしていました。マーケットのプライスが定価となり、フードコストを抑える事がマネージャーのプレッシャーになってしまうのです。ですから会社組織がマニュファクチャーやインポーター、ディストリビューターとネゴシエーションをして購入するシステムを作る事が彼らのプレッシャーを軽減してあげる事になるわけです。

しかし、マネージャーの中には仕事を取られてしまったと思う人もいます。しかし実際はフードなどのオーダーはチーフシェフが決めてしまい実際はマネージャーの仕事ではないんです。マネージャーは品質、お客、従業員、レストランの施設などに目を向けて仕事をして欲しいのです。 リクルーティング、トレーニングに関しても同様で、ゆくゆくはヘッドクゥオーターに持っていければと思っています。

紅花成長のポイントは何ですか?

紅花はバリュークリエーションをし続ける会社です。価値を創りだす事を止めたら駄目になります。これだけ早いスピードで時代が変遷していく中、あらゆる産業にバリュープライズがあります。ソニーのトップも日本人ではない人物が選ばれました。これからはどんどん色々なことが変わっていきます。変わらなくてはいけないもの、変わってはいけないものがあります。

紅花の中ではシェフが鉄板の前で料理をする。これは変わらない事です。たとえ料理する材料が肉でもシーフードでも別なものに変わってしまうかもしれませんが、紅花の鉄板焼のスタイルは変わりません。米やしょう油味も変わらないかもしれませんね。 フレンチにワイン、イタリアンにチーズといった事と同じです。

大きな視点でとらえれば、他のレストランの真似ではないオリジナルを打ち出す事が肝心なのです。企業が他の真似をしだしたら必ず傾きます。

企業が他の真似をしたら傾く

日本はかつて真似をして追い越すというエネルギーがありました。今はそういう時代ではなくなっています。お客の視点は鋭いですからね。真似をしていたらすぐに飽きられてしまいます。逆に真似をされるのは良いんです。力強いです。

ロッキー青木さんとの出会いについてお聞かせください

初めは青木さんはプロレスラーだと思っていたんですよ(笑) 今も最初に会った時の印象と同じですね。これはプロレスラーだと思っているという事ではなく、彼に対する考え方、見方が変わっていないという事ですよ(笑)

GOT CHILD ! とでも言うのでしょうか、誰かのヘルプが必要な人ですね。自分の成功を自分一人では維持できない。それでは従業員が可哀想ですから、誰かが何かをやってあげなくてはならないんです。

ロッキー青木さんとの思い出、エピソードなどを教えてください

色々ありますねぇ〜 青木さんはとても興味、好奇心のある人なんです。例えばメキシコにフランチャイズを開いた時に、オーナーの家とか生活、ファミリーにも興味があるようで見てみたいと言うんです。そこのお母さんからメキシコに来るなら是非寄って欲しいとの招待されたんですが、普通断りますよね。それを受け入れてしまって(笑)

結局4人か5人で訪れたんですが、部屋が足りず青木さんと一緒の部屋で寝ることになってしまった(笑) しかし部屋にはベッドが一つしかないので、私が床に寝ますと言ったんですが青木さんが自分が毛布に包まって床で寝るから良いと言うんです。流石に社長を床に寝かせる訳にもいきませんから、じゃあ二人でベッドに寝ようって事になりました。そうしたらベッドの上に手で線を引いてこっからこっちはお前だから、こっちには来るなと言うんです(笑)

隣りに青木さんが寝ているからなかなか寝れないので寝たふりをしていたんです。すると隣りでごそごそしだして、何か持ってトイレに行ったんです。トイレの灯りが微かに漏れてスーツに着替えた青木さんが戻ってきて隣りに寝たんです。後で聞いた話しですが、翌朝のフライトが早いので起こしては悪いと思って先に着替えていたと言うんです(笑) 悪くない人だと思いましたねぇ

他にも何かエピソードはありますか?

また別の機会にメキシコのオープニングセレもニーに出席する為に出掛けた時の事ですが、お土産にプラムワインを持っていったんです。タオルに包んで気をつけて持っていたんですが割れてしまって中のスーツが汚れてしまい着れなくなってしまった。

オープニングに間に合わないのでどうしようかと思っていたら、青木さんが来て、「お前サイズなんだ」と訊ねてきて自分のスーツを貸してくれたんです。上着は着れたのですが、ズボンのジッパーが上がらない。しかたがないので上着で前を隠して出席しました(笑)

青木さんの人としての優しさは人一倍ですね。誰とでも話しますしね。バスボーイでも気楽に話すし、偉ぶらない。普通偉くなると威張ったりしますけど、珍しいですね。一緒に出張に行くときでも荷物をもってくれたり、チケットカウンターに自分で出向いて交渉してたりしますからね。

今後の紅花成長の為の戦略などをお聞かせください  

まだ公にはしていないのですが、社名の変更なども考えています。現在紅花はRAやHARUなど鉄板焼ではない別のコンセプトのチェーンも展開しています。ここで働く従業員にとって紅花の本流でないという意識が生まれてしまう可能性があります。紅花の商号とロゴが一致することに不合理が生じはじめたんです。

紅花の名前を出すと鉄板のイメージが強くなります。今までは良かったのですが、これからは新しい会社のイメージを作っていく。また、先程も言いましたがバリュークリエーション、価値を作り出す会社としての動きをしていきます。シェフが目の前でクックするから客とのコンタクトがある。お客は料理を作るシェフの顔が分かる。鞄や椅子、コップなどと違って作った人の顔が分かる。ここにバリューを作り出している。縦糸と横糸の区別をつけていけば絶えないんです。

紅花の作法は太古の昔から?

太古の昔から狩をして皆で食事をする時も火の回りを囲む、話しをする、会話があったんですね。紅花の作法にはそれがある。個室で食べる、1対1で食べるのとは違う本能的なものがある。メインストリームは一緒に食べる事。ビジネスマンが一人で来ても食事を楽しむ事が出来る。全く知らない人と来ても違和感がない。紅花はそのような店作り、サービスをしています。そしてこれからもそのスタイルは変わらないところです。

火で物を焼いて食べる。温かいものを食べるというのは本能です。その場で食べれるので温かい。その点では寿司はディナーの本流にならないですね。人は体温があるので、体温が下がるものは毎日は食べられない。

それでは寿司コンセプトのRAやHARUは?

今の寿司ブームの波に乗っています。現在併せて14店舗。紅花の寿司の売上を含めると年間60ミリオンの売上があります。今後益々寿司レストランは広がりを見せると思いますよ。チャイニーズレストランのように何処へ行っても、国籍に関係なく広がっていく。だからピンからキリまである。その中で紅花の寿司が残るかどうかは分かりません。

寿司屋は誰にでも簡単に出来てしまう。5万ドルあれば寿司屋は開けます。1969年にアメリカの高校に行った先輩がしきりにアメリカで寿司屋をやろうと誘ってくれたのを思い出します(笑) バリア アット エントリーがないんです。投資も少ない、宣伝もいらない、サプライヤーも増えている、障害物がないんです。

今のアメリカの寿司屋は椅子が高い。ドリンク感覚で寿司を食べる。簡単に店が開ける。誰でもちょっとトレーニングすれば寿司職人になってしまう。ですから今後はもの凄く競争が激化するでしょう。

そんな中紅花さんのように100店舗を越えるチェーン店として成功されているところとそうでないところ、1店舗で頑張っているところは何か違うのですか?

まず第一には志向の違いがありますね。オーナーが企業を広げていこうというエネルギーがあるかないか。それと個人の場合コミットメントが多すぎる。リアルエステートのローンが組めないですから5年、10年のリースでテナントになる。5年では利益がそれ程あがりませんから、このリースでまず縛られる。

それと個人の店だと手を抜こうと思えば何時でも出来る。手を抜けばお客は必ず気付く時期があり、逃げていく。儲かったとしても遊びにキャッシュを注ぎ込んでしまう。店を大きくしようという意識、これが自分の職業だという自信がない。難しいところですね。

数店舗のチェーン店まで育てたところも、例えば紅花で働いていた人が独立して店を開けた場合、そろそろリノベーションの時期になる。そのエネルギーの問題もありますが、最初の関門はやはりファイナススです。個人のクレジットではファイナンスが出来ない。スポンサーを見つけるか、グループで行うか。もう一つの問題は後継者です。だいたい紅花出身で独立した店が2代目、3代目になっていく。3代目ともなると必ず別の職業を持っているので鉄板焼をやりたがらない。

紅花の戦略の一つとしては、このようなチェーン店のM&Aしていくというのも考えています。

今の日本の状態をご覧になってどう思われますか?

日本は非常に危険ですね。バブル崩壊後の10年、何もやっていない。もう取り返しがつかないでしょう。

働く基盤がどんどん小さくなってきている。今は過去の貯蓄でやっていますが、いずれなくなる。今後少子化で働く人がいなくなってくる。それなのに外国人には排他的。経済は益々縮小していくでしょう。

そして子供がとても大事にされ過ぎている。黒人のラップの真似をして、携帯電話の着メロばかり気にする。酒飲みも少なくなって、馬鹿なことや大げさなことを言う若者もいなくなった。若者は廃退的ですね。無感覚になってきている。

フリーターは社会問題ですね。ファンデーションがない。日本は韓国や中国の若い人達に負けてしまいます。彼らにはエネルギーがあります。

国際社会の中でもアメリカとソ連の緊張感もなくなり、気が緩み始めています。綱引きがない。日本はアジアとやっていかなくてはいけない。日本では英語だけしか教えていませんが、中国語、ベトナム語など第2外国語をどんどん教えていかなければなりませんね。

善元さんご自身は最初から今のようなお仕事がしたいと思っていたのですか?


私はガバメントで働きたかったんです。大学の頃からそう思っていました。今では年齢的にもタイミング的にも無理ですね。実現出来ない夢となってしまいましたね。ボランティアなら出来ますけどね。

それとプロのミュージシャンにもなりたかった。トランペットをやっていたんですが、高い音が出ない。HI-Cの音が出せず一番のプレーヤーにはなれなかった。お袋に文句を言った事があります。何でこんな口に産んだって(笑) 音感はあると思っています。しかし、やはりやらないと駄目になりますね。

今何故紅花のヘッドクォータはフロリダなのですか?

フロリダにはステートタックス(STATE TAX)がないんです。当初はニューヨークに置いていたんですが、マネージメント会社が入った時に移し、そのままです。私としては移動が多いので中部のオクラホマあたりに置いてもらうと助かりますね。店はありませんが(笑)

フロリダに住むというのは快適ですか?

日本と違って四季がないのは寂しいですが、セーリングボートが出来るのが特徴ですね。浅瀬で危険もないし。ゴルフや魚釣りも良いですね。何しろアメリカでは年寄りがリタイヤして住みたい街、夢ですからね。サウスビーチは若者向けだし、ラテンのクラブなども沢山あって良い所ですよ。

フロリダのお薦めスポットを教えてください?

もちろん有名なディズニーなんかはお薦めしなくても皆さん良くご存知ですよね。エバーグレイドなんかは良いんじゃないかな。広大な湿地帯をプロペラのついたボートで回るんですけど、ワニや自然の観察が出来なかなか面白いところです。

マイアミ市内にあるリトルキューバも料理や音楽を楽しめてとても良いところですね。
スキューバダイビングやスノーケリングをやるならキラーゴが良いですね。マリオットホテルにはレストランもあるし、船もでます。マイアミ市内から1時間程で行けますから、半日遊んで帰って来れます。

ちょっと足を伸ばしてニューオリンズも良いですね。2週間は飽きない。ずっと住もうと思ったら染まってしまいますね(笑)

世界の紅花めぐりも楽しい

アンカレッジの店を買い取りました。南はチリのサンディアゴにも紅花があり、従業員に機会を与えて世界の紅花めぐり等をさせて、地元の人達と話してくる、なんていうのも楽しそうで良いですね(笑)



本日はご多忙の中、貴重なお話を聞かせて頂きまして有難うございました。

インタビュー後記

紅花レストランは今から40年前にロッキー青木さんが創業し、今や100店舗を越えるレストランチェーンに成長。
創業者であるロッキー青木さんはアメリカで最も有名な日本人として、そのエピソードは数え切れない程紹介されています。今回はその紅花の成長を実質的に支えてきたオペレーションのトップである善元さんにお話しをお聞かせ頂く事が出来ました。

ガバメントで働きたかったと言われていた通り、企業のトップとしての風貌も勿論お持ちなのですが、どこか教授肌というか政府機関で働いていらっしゃるのも似合うといった雰囲気もお持ちの方です。企業戦略の核心に触れるような内容でお話しづらい事もあったと思いますが、学校の先生のように分かりやすく噛み砕いてお話し頂きました。

お話しも多岐に渡り、いくつもの窓口を持っているので相手によって色々な話しが出来る。善元さんは本当に話題豊富な魅力ある人でした。ロッキー青木さんにお話しをお伺いした時とは違った側面から色々と楽しいお話しをお伺いする事が出来ました。善元さんもロッキーさんと同じように自分自身を良く知り、それを生かして行動する。紅花のトップ二人にお目に掛かる機会があり、紅花成長の秘訣を垣間見たような気がします。

お話しの途中何度も鳴った携帯電話に一度出る事もなく、「あなた方の方が大事ですから」と一切話しを中断される事なくインタビューにお応え頂きました。話しの内容、心配りなど善元さんの心の優しさが伝わります。

政府機関で働きたいという希望とプロのミュージシャンになりたいという夢。全く違った側面に興味をお持ちな所も善元さんの魅力の原点なのだろうと思います。携帯電話の着信音がとてもユニークなのも印象的です。


ご多忙中お時間を頂き、とても楽しいお話をお聞かせ頂き大変有難うございました。

                                                            小坂孝樹
関連リンク

紅花レストラン  http://www.benihana.com/

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